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キッドが目を覚ますと、珍しい事にヤクニが目の前で眠っていた。
大抵ヤクニの方が先に起きているのだが、今日はいつもと逆だった。

眠っているヤクニの髪に、そっと手を伸ばす。
なめらかな銀の髪に紅い角が光り、その美しさに目を細めた。
何度見ても飽きない。
ヤクニに飽きる事などあるのだろうか。
そんなことを考えながら、キッドはヤクニの角にも手を伸ばした。
これに触れたらすぐに起きてしまうだろう。
分かっていたが、触れたかった。
磨き上げられた石のような紅い角を撫でる。
キッドの予想に反して、ヤクニが目を覚ますことはなかった。
昨夜のセックスの疲れが残っているのだろうか。
いつもかなり激しく交わっているが、ヤクニがここまで深く眠るのは珍しい。
ふいに、キッドの目がヤクニの首筋にとまった。

うっすらと、歯形の痕が残っている。

もっとよく見ようとキッドが顔を寄せると、ヤクニが身じろいだ。
銀色の睫毛が動く。赤い瞳は寝起きのため涙目だった。
焦点の定まっていないヤクニの瞳にキッドが映る。
ヤクニは何度か瞬きをして、「起きていたのか」と言って、笑った。







水平線の上に見える島影に、船員達のテンションは上がっていた。
ヤクニは海風に目を細めながらも、前方の島を見つめた。
日差しは柔らかく、頬に触れる風も心地よい。
島から離れていても、心安らぐ花の香りを感じとった。

船は段々と島に近づいて行く。
多くの船舶で賑わう港町は、祭りの最中のような賑やかさだった。
人の多さに、自然とヤクニの眉間にしわが寄る。

そんなヤクニの隣にキッドは歩み寄った。
手すりに肘をつき、島を眺める。
ふいに、ヤクニが口を開いた。

「…人間は、恐ろしいな」

ヤクニの視線の先には、ガラス張りの巨大な建物があった。
光りを反射して輝く建物の中に、美しい花々が咲き誇っている。
宙に浮かんでいるようにも見える庭園を遠くから眺め、ヤクニはため息のような声で続けた。

「瞬きよりも速く、進んでいく」

カーティアよりも規模が大きく発展した島の様子を見て、ヤクニはどこか脱力したようだった。

ヤクニは、今まで恨みと憎しみの炎で人間を焼き尽くしてきた。
しかし目の前には、想像を遥かに凌駕する発展した町並みが広がっている。
人間はいくら殺しても、増え続け、発展の足を止めることなく進む。
寿命の長いヤクニにとって、人間が発展する速度は恐ろしいものだった。

瞬く間に増え、成長する恐ろしい力。
多くの人々で賑わう平和な町の様子が、ヤクニの目にはそう映った。










「別に残ってても良かったんだぞ?」

キッドはそう言ってヤクニの方を見る。
しかし、ヤクニは鬱陶しそうに眉をしかめた。

「必要ない」

口では平気だと言うヤクニだが、その表情は島の中心に進むにつれて厳しいものになった。
強がってはいるが、やはり人の多さにまいっているようだ。
道を行き交う大勢の人とぶつからぬように、キッドはヤクニの肩を抱き寄せた。
ヤクニの姿は、キッドの羽織ったコートにすっぽりと隠れてしまった。
後ろから見たらキッドが一人で歩いているように見える。

ヤクニはちらりとキッドを見上げた。
そして目が合う前に視線を地面に落とす。
相変わらず眉間にしわを寄せてはいたが、先ほどよりも穏やかな雰囲気になっていた。
白い煉瓦の道を、キッドはヤクニの歩調に合わせて進む。

その時、茶髪の少年がキッドの横を軽やかに駆けて行った。
少年の後に続いて、連れなのだろう金髪の男が歩いて来る。
少年は緑色の目を輝かせ、男を振り返った。

「見てください!あんな高い所に庭がありますよ」
「おー凄いな、こりゃ」
「あとで見に行っても良いですか?」
「勿論良いよ」

どうやらキッド達と同じく、今日この島についたばかりらしい。
無邪気にはしゃぐ少年を男は優しく撫でていた。

キッドは商店街の方へと歩いて行く二人を見て、ヤクニに目を向けた。
ヤクニも顔を上げる。
赤い瞳が不思議そうにキッドを見上げ、小さく首を傾げた。

「そういやお前、故郷はどこなんだ?街見ても少しもはしゃがねぇよな」
「…私がはしゃぐ姿が見たいのか」
「いや、想像出来ねー」

キッドはそう言って、さっきの少年が行きたがっていた庭園を見上げた。
空は青く澄み渡り、空中庭園をさらに美しく見せる。

「行ってみっか」

想像出来ないとは言ったものの、やはりヤクニのはしゃぐ姿を見てみたいという思いがあった。
自分では外せないバングルとアンクルを贈った時、ヤクニは文句を言いつつも喜んでいた。
あの少年のような素直さは、ヤクニにはない。
キッドにとっては、それが良いのだ。
素直じゃないヤクニの喜ぶ顔が見たい。

そう思って、キッドは庭園へと足を向けた。





庭園の通路は一面ガラス張りだった。
ヤクニはしゃがんで床に触れ、まじまじと下を見下ろす。
眼下に広がる町並みは、計算された美しさを感じるものだった。
細部まで手入れされた庭園には色とりどりの花が咲き、白い蝶が舞う。
庭園の向かい側にある時計塔は、美しいモザイク画で彩られていた。
鐘が鳴り響き、塔の屋根で羽を休めていた鳥たちが一斉に羽ばたく。
ヤクニはじっと、その光景を見つめていた。
そして展望デッキに出ると、ゆっくりとベンチに腰を下ろした。
どうやらこの場所が気に入ったらしい。
キッドはヤクニの隣に座った。

「私の故郷はどこかと言ったな」

ヤクニの言葉に、キッドは顔を横に向けた。

「私は火の国で生まれた。炎を噴く山の近くにある洞窟は、あの世とこの世を繋ぐ門があってな。父上はその門を通って、母上と出会った。そして、私が…母上の命を奪って、生まれたのだ」
「あの世とこの世を繋ぐ…?」

キッドの問いにヤクニは「そうか、お前は妖のことに関しては疎かったのであったな」と言って、説明を続けた。

「私が魂を送ったのを見たであろう、あれは死んだ者たちをあの世に送っていたのだ。門の向こうの世界…そうだな、死後の世界と言えば分かりやすいか?私は父上から煉獄の鬼の血を引き継ぎ、母上から送り巫女の血を引き継いだ。父上は鬼、母上は巫女、そして…私は半妖。この世のすべてから、忌み嫌われる存在だ」
「なぁ」

キッドは拳を固く握りしめるヤクニの手をとった。
揺れる赤い瞳を真っ直ぐに見つめる。

「『この世のすべて』じゃねぇ。たとえ今までがそうであったとしても、今は違う」
「そ、それは、キッド…お前がおかしいのだ。半妖は妖怪にも人間にもなれぬ」
「人間になる必要ねぇよ。その、ハンヨウ?ってのも意味分かんねーしな」

ヤクニは耳まで赤くして、顔をふせた。
そしてキッドの手を強く握り返す。
爪の先がなぜか丸まっており、キッドの手に食い込むことはなかった。

「…私が村を焼いた時、巫女が現れて胸を破魔の矢で貫いた。妖は妖気を浄化されてしまうと死ぬ。私も死ぬ以外道がなかった。せめて道連れにと、火柱を上げたのだ」

キッドの手を、そっと自分の胸に押し当てて、ヤクニは続けた。

「そして、キッド…お前と出会った」

西に傾き始めた太陽が、ヤクニの頬を照らす。
濡れてはいなかったが、キッドには泣いているように見えた。

「なぁ、キッド。私の心臓は動いているか?私は、いまだに信じられぬのだ」

キッドはヤクニの言葉を遮るように、その体を抱きしめた。
合わさった胸からは、確かに鼓動を感じた。

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