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島に上陸して七日が経った。

私はちらりとキッドの方を見やった。
キッドは他の船員と何やら話をしていて、私の視線には全く気づいていない。

この島に留まるのは何かしら意味があるらしいが、私にはよく分からない。
今日も空には雲一つなく、晴れ渡った空に太陽が輝いていた。
町からは人間の声が聞こえ、忙しなく生きている光景が目に映る。

今日も、身の置き場がない。

笛を奏でようにも、港にいる人間共が気になってそれどころではない。
ここの人間共は妙に馴れ馴れしいから、平気な顔で寄ってくるだろう。
その相手をしようとは欠片も思わない。
甲板の手すりに寄りかかり、海面を見下ろす。
濃い青の水面が波打つのをじっと見つめていると、少しだけ周りの音が気にならなくなった。

「ヤクニ」

他の雑音とは違う声が、耳に届く。
顔を向けるとキッドがこちらに歩いて来ているのが見えた。

「行かぬぞ」

町に行こうと誘われる前に拒否する。
するとキッドは笑った。

「人ごみなんて平気なんだろ?」
「好んで行こうとは思えぬ、行くなら仮面とでも行け」
「お前じゃなきゃ意味ねぇんだよ」

そう言うと同時に、キッドは私の腕を掴んだ。
強引に引かれ、そのまま船を下りる。

一体何があるというのだろうか。







「ここでちょっと待ってろ」

そうキッドが言ったのは、大通りの中心に位置する水場だった。
高く噴き上げる水の周りには、白い石の美しい彫像が並んでいる。
幼い童たちが高い笑い声を上げながら、水遊びしていた。
それを母親達が和やかに見つめている。

こんな中で、一人で待てだと?

私は反射的にキッドの腕を掴んだ。

「キッド」
「ん?どうした」

こんな場所は嫌だと、船に戻ると言ってしまいたかったのだが、キッドの顔を見るとその言葉は引っ込んでしまった。

「……早くしろ」

何とかそれだけ言って、近くの椅子に腰を下ろす。
周りをなるべく見ないように、足下に視線を落とした。

「すぐ戻るからな」

キッドは軽く私の頭を撫で、どこかへと走って行ってしまった。
顔を上げて、キッドの後ろ姿を見る。
どこかはしゃいでいるように見えた。
厳つい見た目に合わない、少年のような姿に、私は知らず笑みを浮かべていた。
一瞬後で自分の口元が緩んでいる事に気づき、すぐに口元を手で覆う。
キッドのせいで調子が狂わされている。

意識して眉間にしわを刻むと、私の顔を見て一人の幼子が足を止めた。
不躾なまでにじっと私の目を覗き込む。
ふわふわとした茶色の髪と橙色の瞳をした幼子だった。
透き通った瞳は太陽の光を反射して、キラキラと光る。
こんな毛色の人間ばかりだから、私の見た目が目立たないのだろうなと改めて思った。
幼子は何を思ったか私に歩み寄って来た。
頭が重いのか、その足取りは覚束ない。
母親はいないのかと周りに視線を巡らせるも、どの女がこの幼子の母親かは分からなかった。
幼子は私のすぐ目の前でしゃがんだ。
そして、また私の目をじっと見つめる。
顔に穴があきそうだ。
私は幼子を追い払おうと、思い切り睨みつけた。
しかし、幼子には全く効かない。
相変わらず私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
先に目を逸らしてしまったら負けのような気がして、私はしばらくその幼子と見つめ合っていた。
すると、幼子が口を開いた。

「いたいの?」
「……は?」

あまりに唐突過ぎる問いに、思わず気の抜けた声が出た。
幼子は構わず続けた。

「ここ、いたそうお」

ここ、と言って幼子が指差したのは眉間だった。
私が眉間にしわを寄せていたからだろうか。
そんなことで知らぬ者に話しかけるとは、訳が分からない。

「…向こうへ行け童」

幼子に向けて軽く手を振る。
無視しても良かったが、そうするとこの幼子はいつまでも私の前から動きそうになかったので、そう返したのだ。
しかし幼子は動かなかった。
質問に答えなかったからだろうか。
橙色の瞳でじっと私を見上げてくる。

「おなか、しゅいた?」
「……すいてない」

今度はそのまま問いに答えてやる。
これで興味を失うかと思いきや、幼子はなぜか自分の服にゴソゴソと手を突っ込んだ。
そして何やら食べ物のようなものを取り出し、私に突き出す。
小さな手でぎゅっと握られたそれは、ぐちゃぐちゃになっていて原型をとどめていない。

「あげう!」

にぱっと笑い、握りつぶしたふ菓子のようなものを押しつけてくる。
何なんだこの生き物は。

「いらぬ」
「いりゃ、の?」
「腹は減っておらぬと言ったであろう」
「おりゃぬ!」

私の話し方がおもしろいのか、ところどころ真似してはきゃっきゃと高い笑い声を上げる。
いい加減母親が迎えに来ないものか、と周りを見回すが、こちらを見ている者達は何故か微笑ましそうな視線を向けてくるだけだった。
幼子が小さな手を飽く事なく差し出す。
それをしばらく見つめ、仕方なく私も手を出した。
ふわふわの茶髪が風に揺れ、橙色の瞳がキラキラと輝く。
幼子の手からぐちゃぐちゃの菓子が、私の手の上に落とされた。
菓子を渡す事が出来て満足したのか、幼子は丸い頬を赤くして笑っている。

小さな手が私の手から離れた瞬間、私は手のひらの上の菓子を燃やして見せた。
菓子は一瞬で灰も残さずに燃え尽きる。
幼子はただでさえ丸い瞳をさらに丸くして、私の手のひらの炎を見ていた。

「…だからいらぬと言ったのだ」

私に食べさせようと渡した菓子を燃やされたのだ。
絶対泣くだろうなと思って幼子を見ていた。
しかし、幼子の反応は私の予想とは全く違っていた。







キッドが噴水広場に戻ると、なぜかヤクニは人に囲まれてた。
しかも幼い子ども達に囲まれている。

「さっさと散らぬか!燃やすぞ!!」
「すごいすごーい!!もっと見せて!!」

ヤクニは恐ろしい脅し文句を言っているというのにも関わらず、子ども達は楽しそうに笑っている。
周りにいる母親達もすごいわね〜と感心しながら、ヤクニの出す炎を見ていた。
ヤクニは火の玉を操り、子どものすぐ目の前まで飛ばしていた。
しかし、子どもの前髪や睫毛が燃える事はない。
触れても熱くない炎に、子ども達のテンションは上がっていた。

「何やってんだアイツ…」

この島では人を殺さない、という約束を守っているのだろうか。
何も燃やさない炎を操る姿は大道芸人にしか見えないのだが、ヤクニは気づいていないらしい。
キッドは店に受け取りに行った品物に力を吹き込んだ。
そして、それらを操りヤクニの元へ飛ばす。
ヤクニがそれに気づいたのは、4つとも手足にはめられてからだった。
赤い瞳がキッドの方を見る。

「ヤクニ、来い」

キッドが呼ぶと、ヤクニは子ども達の間を縫って駆け寄って来た。
直ぐさまキッドの胸に飛び込む。
と同時に胸板に強めの拳を叩き付けた。

「遅いわ、たわけ!」

口から出たのは悪態だったが、その声にはどこか嬉しさが滲んでいる。
ヤクニの手首と足首に、銀色のバングルとアンクルが光った。



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