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職人の島と呼ばれるだけあり、カーティアの店が扱う品々はどれも品質の良いものばかりだ。
キッドはヤクニの着物や髪飾りなど一通りを買い与え、満足げにその姿を眺めた。

ヤクニの豊かな銀髪は巧みに結い上げられ、角の色と同じ宝石をあしらった髪飾りでとめられている。
髪を結った事がないのか、ヤクニはむず痒そうにしていた。
しかし、鋭い爪で髪を崩そうとはしない。
いつも着ているやたら頑丈な黒の着物も着替え、深みのあるえんじ色の着物を着ている。
微妙に色の違う糸を組み合わせて織られており、光の当たる向きによってなめらかに色味が変化した。
裾には銀色の糸で細やかな花の模様が刺繍してあり、ヤクニの姿を一層雅びなものに見せる。
その完成された美しさに、道行く人は忙しいにも関わらず、皆ヤクニを振り返る。
ヤクニは居心地悪そうに赤い眼を彷徨わせた。
そしてキッドを見上げる。

「似合ってんじゃねーか」
「…何がしたいのだ」
「ただの買い物だろ、黙って付き合え」

新たに物を買い与える度にヤクニは綺麗な眉を寄せ、怒ったような困ったような、よく分からない顔をする。
その表情を見るのも愉快で、キッドは終始上機嫌だった。

「くだらぬ」

その声に嫌悪は欠片も滲んでいなかった。




キラーは船のメンテナンスを職人に依頼し、船員達に物資の調達や宝の換金などを指示した。
無駄のない的確な指示に、船員達は直ぐさま行動を開始する。
その様子を見届け、キラーは一息ついた。
多くの人々で賑わう大通りへと視線を移す。
特に町で騒ぎは起きていない。
キッド達は何も問題を起こしていないのだろう。
そう思いながら、自分もカーティアで質の良い物を買っておこうと足を進めた。
そんなキラーの視界に真っ赤な髪が映る。
その後ろ姿は見なれたものだったから、直ぐに誰だか分かった。
しかし、隣を歩く人物はいつもとは全く違った姿をしていた。
一つの芸術品のような美しさすら感じる後ろ姿に、思わずキラーの足が止まる。
夕日に照らされた着物の色が、鮮やかだった。
長い髪はすっきりと結い上げられ、綺麗なうなじが見えている。
並んであるいているのがキッドということも相まって、その姿はさらに華奢に映った。
とてもではないが、キッドを殺しかけた凶暴さを持ち合わせているようには見えない。

―…銀色の髪と褐色の肌、間違いなくヤクニだ。

確認するまでもないが、キラーは頭の中でそう呟いた。
キッドが着飾らせたのだろう、ヤクニ戸惑った表情でキッドを見上げている。
二人の会話までは聞こえてこないが、何と言っているかは大体予想がついた。
ヤクニが何と言おうとキッドが満足するまで、このおかしなデートのようなものが続けられるに違いない。
キッドは戸惑うヤクニをそれはもう愛しそうに見つめていた。
見ているこっちが恥ずかしくなってしまうような空気だ。

関わらないほうが、身のためだな。

二人の姿は仲睦まじい恋人そのものだった。
今更ヤクニがキッドの命を狙うとは思えない。
完全にヤクニのことを認めた訳ではないが、今二人の間に割り込むような馬鹿な真似はキラーには出来なかった。
何も見なかったことにして、キラーは二人とは反対方向に歩いて行った。





カーティアに上陸して四日が経過した。

島の人間からの接客攻撃と、キッドからの怒濤の貢ぎ物攻撃に疲れ果てたヤクニは、三日目から船室にこもっていた。
どれだけ虐げられても平気な顔をしていたと言うのに、大切に扱われると一転して顔色が悪くなる。
人間=敵として頭に刷り込まれているヤクニにとっては、フリードインゼルにいたような無法者達を相手にする方がよっぽど気が楽なようだ。

「おいヤクニ、飯食いに行くぞ」
「いらぬ…仮面と行け」
「じゃあ買ってくるわ、部屋から出んなよ」

食事自体を拒否したヤクニを無視して、キッドは部屋を後にした。
残されたヤクニは床に座ったまま、閉められたドアを見つめる。

「…命令するでないわ、たわけ」

いない相手にボソボソと悪態をつく。
部屋の中はキッドがヤクニに買い与えた物で溢れていた。
それをうるさそうに部屋の端へと追いやり、ヤクニはため息をついた。
たくさんの人間の視線に晒されるのは、ヤクニにとってかなりのストレスだった。
その視線に憎悪や侮蔑が含まれていないとなると、尚更だ。
自分の目を、肌を、髪を、角を見て、それでも笑顔で接してくる人間達にヤクニは恐怖を感じていた。
煉獄の鬼と恐れられる炎鬼の血筋を引いている自分を、誰も恐れない。
ヤクニは立ち上がり、壁にある鏡を見た。
枷のない手首が目に入り、知らず眉間にしわが刻まれる。
キッドの命を取るのはやめにしたと、はっきりと宣言したのはヤクニ自身だ。
それでもここまで警戒を、束縛を解かれるとは思っていなかった。
ヤクニは自分でも気づかぬうちに、キッドの束縛を心地よく思っていたのだ。
それを簡単に外され、自由になった身でどう振る舞えば良いのか、ヤクニには分からなかった。

言いつけを破ってここから抜け出してしまおうか。
今の自分は何にも捕われていない。
町に出て火を放ち、炎鬼の力を人間共に見せつけてやろうか。

そんな考えがヤクニの脳裏によぎる。
しかし、どうにもそれを実行しようとまでは思えなかった。

「馬鹿馬鹿しい」

大股で歩いて、ベットに倒れ込む。
目を閉じて深く息を吸うと、キッドがすぐ側にいるように感じた。
ヤクニはそのままシーツをたぐり寄せた。
瞼の裏に、優し気な眼差しを向けてくるキッドが浮かぶ。

違う、そうではないだろう、お前は。
なぜ私に優しさを向けるのだ。
本当に訳が分からぬ。

ヤクニはすっぽりと頭までシーツをかぶって、体を丸めた。
カーティアに上陸してから、キッドは一度もヤクニを抱こうとはしなかった。
ただ慈しむように、ひたすら優しいのだ。
ヤクニはそれにも不安を感じていた。

束縛されなければ、ここに留まる理由がなくなってしまう。
無理矢理組み敷かれなければ、体を重ねる理由がなくなってしまう。

シーツの内側で、小さく舌打ちをする。

「胸くそ悪い…全部キッドのせいだ」

そう呟いて、寒くもないのに自分の肩を抱きしめた。


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あきゅろす。
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