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突然、キッドが立ち止まった。
見上げるとキッドはある店をじっと見つめていた。
店の表に並んでいるのは、きらびやかな金、銀の装飾品達だ。
道行く大勢の人間達が、器用に私達二人を避けながら歩く。

「…欲しいのか?」

私がそう訊ねると、キッドはちらりと私の方を見た。
しかし答えることなく私の手を引く。
そしてそのまま店の中へと足を踏み入れた。
扉を開けると鈴の音が鳴る。
私は店内をグルリと見回した。
キッドは一体何が欲しいのだろうか。
鏡の張られた棚の上に、いくつもの飾りが並べられている。
金、銀、銅、それぞれ違った色の光を反射する。
確かに美しいと思った。
よく見るとかなり技巧の凝らされた細工がほどこされており、人間の手で作られた物なのかと目を疑った。

ふいに、キッドの手が離れる。
それと同時にキッドは指先を軽く動かした。
カチャ、と金属の擦れる音がする。
視線を落とすと、私の手首と足首に嵌められていた鉄の枷が全て外されていた。
四つの輪枷が宙に浮く。
それはキッドの手の中に収まった。
いきなりのことで、私は何も言う事ができなかった。

キッドはそのまま枷を持って店主らしき老人の元へ歩いて行く。
私はただ自分の両手を見つめた。
今いるのは船の上ではない。
それに今私は人間の姿でもない。力を持っている。
なのにキッドは私から枷を全て外した。
金属を身につけていなければ、キッドの能力は働かない。
簡単に、逃げ出すことができる。

キッドは失念しているのだろうか。
私が逃げてしまっても、構わないのだろうか。

枷のない手足が軽く、同時になぜか不安になる。
キッドは老人と何やら話をしていたが、私の耳には全く入ってこなかった。

ふいに、背後の扉が開かれ鈴の音が鳴る。
振り返ると、茶髪の若い男と目が合った。
男は私を見て、「すっごい!綺麗な銀色だね」と軽い調子で言った。
一拍おいて髪の事を言われたのだと気づく。
私は男の視線を避けるように背を向けた。
しかし男は髪を見せてくれたのだと勘違いしたらしく、手を叩いて喜んでいる。

「ねぇ君どこから来たの?俺こんなに綺麗な銀髪見たの初めてだよ〜」

そう言いながら髪に手を伸ばして来た。その手を避け、男を睨みつける。
しかし頭がおかしいのか、男は能天気に笑っていた。
そのへらへらした態度に苛立つ。

「その髪飾りはルビー?目の色と合わせてるの?すっごく似合ってるよ!君には金色も似合うと思うな〜」

ペラペラと軽口は止まらない。
角を飾りと勘違いしたまま、男は私をおだてるような言葉を並べる。
その舌を焼いてやろうかと拳の中を熱くした時、キッドが私の手を掴んだ。
キッドの姿を見た途端、男の顔から笑みが消える。

「あ、あははー、彼氏と一緒だったんだぁ?ご、ごめんねー?」

一瞬で真っ青になった男は情けないほどに声を震わせていた。
かれし、という言葉の意味は分からなかったが、キッドの事を言っているのだろう。
キッドは無言で男を見下ろしていたが、その言葉に口角を上げた。
ニヤリ、と凶悪な顔で笑うキッドに、男は「ひぃっ!」と悲鳴を飲み込む。

「コイツは人間嫌いなんだ、諦めな」

キッドはそう言って私の髪を撫でた。






店を出てから、ヤクニは黙ってキッドの隣を歩いていた。
落ち着きなく手首をさすり、チラチラとキッドの方を見上げる。

「ん、どうした?」

キッドがヤクニを見る。それと同時にヤクニは思い切り視線を逸らした。
あまりに露骨な態度に、キッドは思わず笑いそうになった。
それをどうにか堪え、ヤクニの手首を捕まえる。

「人ごみは辛いか」
「…別に辛くなどないわ」

肌が触れた瞬間、ヤクニの肩が小さく跳ねた。
しかしキッドの手を振り払いはしない。

大きな通りの両側に立ち並ぶ商店から、客を呼び込む声が響く。
ヤクニはそれをキョロキョロと見回しながらも、道行く人とぶつからないようキッドにぴったりと寄り添ったまま歩いた。

「そこのお二人さん!ちょっとうちの商品見ていかれませんか?」

仲睦まじい様子で歩く二人に、呼び込みをしていた少年が声をかける。
様々な客を相手にしてきたのだろう、キッド相手に少しも物怖じしていない。
少年が手にしているのは美しい色の布だった。
ヤクニの着物を見て呼び止めたらしい。

キッドは立ち止まって少年の持つ布とヤクニを見比べた。

「な、なんだ…?」

あまりにじっと見つめられ、ヤクニは居心地悪そうに視線をさまよわせた。
そんな二人を少年はニコニコしながら見ている。
ヤクニは少年を睨んだが、少年はまったく動じていない。

「…そういや、お前それしか持ってねぇな」
「は?」

ヤクニには「それ」が何を指しているのか分からなかったらしい。
しかし傍らで話を聞いていた少年には理解できたらしく、すぐに店のドアを開いてみせた。

「中へどうぞ!お姉さんにピッタリの服がありますから」

「お姉さん」と呼ばれヤクニは眉をしかめたが、キッドは「今着てるヤツと似てるのが良いな」と少年に注文した。



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