[携帯モード] [URL送信]
28





私はキッドから貰った似顔絵…ではなく、手配書とやらを改めて眺めた。

見たこともない文字で書かれているそれは『鬼笛のヤクニ』と書かれているのだと、仮面が言っていた。
あの島でキッドから何度も名前を呼ばれたが、それを聞いている人間がいたとは思わなかった。
それにこんな似顔絵まで描かれるとは。
気を抜いていたつもりはなかったのだが、キッドの隣にいたせいで自分に向けられた視線に対して疎くなっていたのかもしれない。
『3000万ベリー』というのはこの国での通貨だとキッドが教えてくれた。
人間が金を使って生活しているというのは知識としてあったが、その価値は理解出来ない。
あんなものがいくらあっても、何にもならない。
しかし、人間の中では価値あるものとして扱われている。
この『3000万ベリー』というのは私の首にかけられているらしい。
それが高いのか安いのかは分からないが、自分の命に値段をつけられたという感覚が何とも言えず不快だった。
キッドも何かしら共感してくれるのではないか、と思ったのだが、それは大きな間違いだった。
手配書についての説明を聞きながら顔をしかめている私に対して、キッドは笑顔で「もっと額でかくしろよな」と言って来たのだ。
なんでも海軍とかいう人間達に脅威とみなされると、首にかけられた値段が上がっていくという。
人間が鬼である私を恐れるのは当然のことだ。だからキッドの言う「額をでかくする」というのは私にとって難しいことではない。
要するに、今まで通り人間達への復讐を続ければ良いだけだ。

キッドの言葉に対して、仮面はため息混じりに「面倒事を増やすなよ」と言って来たが、とりあえず無視した。
彼奴に指図されるいわれはない。
そんな私を見て、キッドは楽しそうに笑っていた。




手配書をキッドの文机に戻す。
部屋には珍しく私一人だった。キッドは先ほど仮面に連れられて別の部屋に行ってしまった。
これからの航路について話し合っているらしい。

特にすることもなく、私はいまだに嵌めたままの手枷の輪に触れた。
冷たい金属が指先の熱を奪っていく。
これがある限り、キッドは私を逃がしはしない。

そう思うと…なぜだか安心した。






ヤクニの手配書が届いてから数日が過ぎた。
天候にも恵まれ、航海は順調だった。
以前は幾度となく脱走劇を繰り広げていたヤクニだったが、鎖を外されてからはそれもなくなった。

穏やかな船内に、優しい笛の音が響く。
フリードインゼルで笛を吹いてから、ヤクニはよく笛を吹くようになった。
怒りや憎しみに燃える炎の激しさとは対照的に、ヤクニの笛の音はとても穏やかで優しい。
船員達も密かにその音に癒されていた。

しかし、ヤクニは決して他の船員と話そうとはしなかった。
ヤクニとまともに会話できるのはキッドとキラーくらいだ。
とは言っても、キラーのことは仮面呼ばわりで、キッドがその場にいなければなかなか会話にはならない。
そしてヤクニはキッド以外の人間が自分の名前を呼ぶことを、決して許さなかった。


甲板に固定された木箱に腰をおろし、ヤクニが笛を奏でる。
その姿をキッドは少し離れた場所から見つめていた。
華奢な手首に鈍色の輪が光る。
鋭い爪の生えた指先が器用に動いた。
流れるような動作が美しい。
ヤクニの演奏を聞きながら、キッドは自然と葉巻の箱に手を伸ばした。
一本抜き取り、口に運ぶ。しかし、それをくわえる前にキッドは止まった。
笛を奏でるヤクニの唇に目がいく。
形の良いそれの、柔らかな感触を思い出し、キッドは葉巻を床に放った。

ふいに、ヤクニと目が合う。
一瞬だけヤクニの目が丸くなる。が、それはすぐに逸らされた。
演奏は止まる事なく続く。
キッドはヤクニが一曲吹き終えるまで、その場を動かなかった。




演奏を終え、ヤクニがキッドの方を見る。
眉をしかめてはいるが、機嫌は良さそうだった。
キッドはヤクニに歩み寄った。

「なんだ?」

ヤクニがキッドを見上げる。
キッドはそれに答えず、ヤクニに口づけた。
唇を割って、舌がねじ込まれる。
ヤクニは赤い目を見開き、体を一瞬強張らせた。
キッドはそれに構う事なく、ヤクニの舌に己のそれを絡ませる。
銀色の睫毛が徐々にふせられ、赤い瞳が隠れていく。
ヤクニの腕は自然とキッドの背に回されていた。
抵抗する様子は欠片もない。

長いキスの末、ゆっくりと唇が離れる。

「…いきなり、何だ」

ヤクニは手の甲で口を抑えて、キッドを睨んだ。
少しの迫力もない視線を受け流し、キッドはニヤリと笑った。

「やりたくなった」
「馬鹿め」

キッドの簡潔な答えに、ヤクニは暴言で返した。




[*前へ][次へ#]

29/53ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!