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23
ヤクニは指先を軽く動かして浜辺の死体をすべて焼き払った。
船を降りる前からこの死体達を焼き払うと決めていたらしい。
炎の操り方に一切の迷いがなかった。
真っ赤な炎が浜辺を覆ったのは一瞬のことで、炎が消えた後には灰だけが残っていた。
人の肉が焼ける悪臭すらも消え去る。
島の者達は何が起きたのかまったく理解出来ていないようだった。喧騒に包まれていた島が静まる。
ヤクニは表情を変える事なく、平然とキッドの隣を歩いていた。
キッドは何か言いた気にヤクニを見たが、結局何も言わずに小さくため息をつく。


ヤクニは物珍し気に辺りを見回した。
船の中を見せた時もそうだったが、ヤクニは驚くほど物を知らない。
無法の島ならではの商売人達を凝視する姿は、どこか幼く見えた。

ある建物の前にさしかかった時、ヤクニが足を止めた。
出窓から身を乗り出してこちらを見下ろす女に気づいたのだ。
女はきらびやかな化粧とドレスで己を飾り立てていた。
そしてタバコの煙を吐き出し、甘ったるい視線で見下ろしてくる。
ヤクニはキッドのコートを引っ張った。

「あの女は何なのだ?」
「あ?」

言われ、キッドも顔を上げる。視線が合った女は、にっこりと微笑み返してきた。
金になる客だと目をつけられたらしい。
ヤクニは女から向けられた視線に敵意が含まれていない事に違和感を覚えているようだった。
赤い瞳がキッドの様子を窺うように見上げてくる。

「…知っている奴なのか?」

そんなヤクニを見て、キッドは笑った。そしてヤクニの頭を強めに撫で回す。
「やめろっ」とヤクニがキッドの手を払う。

「知らねーよ、あの女は男に自分を売ってんだ。あれはただ客引きしてるだけだ」
「自分を売る…?何の意味があるのだ?」

自分を売る、という言葉を正しく理解出来なかったらしいヤクニは、眉を寄せて女の方を見上げた。
女はこれみよがしにドレスの裾を持ち上げ、窓枠に片足をかけて美しい脚を見せつけている。
それを見てヤクニはさらに顔をしかめた。

「はしたない女だな」
「大目に見てやれよ、あれで生きてんだ。くだらねーだろ」

キッドが歩き始める。ヤクニもそれに続いた。
出窓の女は脚を揺らしながら、キッド達を見送る。
ヤクニは、そんな女を一度だけ振り返った。

タバコの煙と化粧で濁った瞳は、虚ろな色をしていた。






キッド達は飲み屋の一角を占領していた。
ほぼ満席状態だったのだが、キッド達が入って来た事でだいぶ客が減った。
キッドはそこで当然のようにヤクニを隣に座らせていた。
度数の高い酒をなみなみとグラスにそそがれたヤクニは、それを顔色一つ変えずに飲み干す。
ヤクニとキッドは互いに酌をし、他の誰にもさせなかった。

「キラー、ここのログはどんくれぇで溜まるんだ?」
「三日だと聞いた」
「ははっそーかよ、息抜きには丁度良いなァ」

キッドはそう言いながらテーブルに置いてある葉巻に手を伸ばした。
ヤクニが素早くその手を掴んで止める。

「それは好かぬ」

ヤクニに勧めたわけでもないというのに、ヤクニは不機嫌さを隠す事なく言った。
思わずキラーは首を傾げてしまった。
が、当のキッドはなぜか大人しく手を引っ込めている。
キラーはますます意味が分からなかった。
手を引っ込めたキッドに、ヤクニは満足そうにしている。グラスの酒をまた一気に飲み干した。

「…どうした、キッド」
「うるせーな」

ギロリと睨まれ、キラーは黙って葉巻を他のテーブルに移動させた。

「それにしても、ここは臭いな…酒も不味い」
「一番飲んでおきながらよく言うぜ」

空になったボトルを持って文句を言うヤクニに、キッドがそう返す。
するとヤクニはきょとんとした目でキッドを見上げた。

「それはキッドが注ぐからだろう」

ヤクニの言葉に、キッドは一瞬固まってしまった。
そんなキッドを気にする事なく、ヤクニはボトルをそこらに放って立ち上がった。

「外の空気を吸いに行く」
「お、おい…」

勝手に席から離れようとするヤクニに、キラーが思わず声をかける。
その途端ヤクニは眉をしかめ思いきりキラーを睨んだ。
キッドとは普通に会話するが、他の人間は受け付けられないらしい。
野生の動物に威嚇されたような感覚に似ており、キラーは何とも言えない気分になった。
ヤクニはふん、と鼻を鳴らし、そのまま席を離れた。
そんなヤクニの背中をキッドがどこかボーっと見つめる。

「………大丈夫か、キッド」
「…アイツ最初俺が何やっても飲み食いしなかったんだぜ」
「そ、そうだったな」
「…今度は俺がやらないと飲み食いしねぇ」

キッドの顔が何だか嬉しそうに緩んでいる。
キラーはぎょっとすると同時に、どっと疲れを感じた。

「……それは、良かったな」

果たして何が良かったのか、全くもって分からなかったキラーだったが、一応そう返した。
人に懐かない野良猫を手懐けたような喜びでも感じているのだろうか。
ヤクニは野良猫だなんて可愛らしいものではないが…。
下手をすればいつ命を取られるか分からない相手だ。
なのに、キッドは嬉しそうにしている。
キラーは仮面の中でどうにかため息を飲み込んだ。



キッドの席を離れたヤクニは煙たくごちゃごちゃした店内を、人の間を縫うように進んだ。
様々な格好の人間がいるため、ヤクニの赤い角はまったく目立たない。
むしろ黒い着物が地味なくらいだ。
しかし、やはりヤクニの美しい容姿は一目を引いた。
自分に向けられる不躾な視線に、ヤクニは眉間のしわを深くした。
こちらを見ている者全員の目を焼きたい衝動に駆られたが、すでに炎を派手に使ってしまっている手前そうもいかない。
一応キッドに炎がもったいないと言われたことを気にしていたのだ。
ヤクニは舌打ちをして、粘ついた視線を振り切るように歩を進めた。
店の出口が見える。やっとこの空間から出られる、とヤクニが一つ息をついた時だった。

ぐいっと強く腕を引かれる。その勢いのまま、ヤクニは見知らぬ男の膝に座らされた。

「なっ…!」
「こりゃ上玉だなぁ〜!!ちょ〜っと付き合ってくれよぉ!!」

首まで真っ赤にして酔っぱらっている大男が、ヤクニの目の前まで顔を寄せる。
鼻の頭が触れそうだった。
粘度の高い唾が飛び、ヤクニは思わず目をつぶる。男の口からは酷い悪臭がした。
抵抗しないヤクニに気を良くした男は、太い腕をヤクニの腰に回す。
そして着物の上から体のラインを探るように撫で始めた。
キッドの手つきとは違うそれに、ヤクニは嫌悪よりも殺意を覚えた。
目の前には、髭に食べカスをこびりつかせている汚い男の顔がある。
尻の下に男の固いモノの感触があり、ヤクニは嗤った。

「なぁ、嬢ちゃん良いだろぉ?」

わざと腰を押しつけてくる男に、ヤクニは赤い瞳を細める。
その妖艶な表情に、男が固まった。
ヤクニの胴ほどもありそうな太い腕に、しなやかな手を這わせる。
赤い舌を出して、ヤクニは男に囁いた。

「あぁ、…良い事を、してやろう」

男が興奮に目を見開く。ヤクニはそんな男の頬を両手で包んだ。
鋭い爪をほんの少しだけ食い込ませる。
男は瞬き一つできなかった。
ヤクニの視界の端に、キッドの赤い髪が映る。やはり気になって後を追って来たらしい。
キッドと目が合う。
ヤクニはニヤリと笑い、男の下唇に親指をあてて口を開かせた。
そして、ゆっくりと唇を寄せる。
キッドの制止は入らなかった。
ヤクニの唇が男のそれに触れる直前、ヤクニはふっ、と男の口の中に息を吐いた。
それは消えない炎の吐息だった。

男は悲鳴を上げる事も出来ずに転げ回った。周りの者たちはヤクニが何をしたのか分からず、ただ苦しむ大男を凝視する。
ヤクニは男が座っていた椅子に座り、声を上げて笑った。
自分の足下に転がって来た男の口の上でボトルを逆さまにする。
消えない炎は男の体内を焼き、注がれた酒に引火した。
絶命した男の口から火柱が上がる。

ヤクニはその炎を手のひらで丸め、握って消した。
男を見下し、吐き捨てる。

「私の炎の味は、極上だったであろう」

死んだ男を蔑むヤクニの赤い眼を見て、キッドはゾクゾクとした快感を感じた。

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