[携帯モード] [URL送信]
22


*

島に着いたのはキッドと盃を交わした三日後だった。


この三日間、キッドは私に乱暴を働くことはなかった。
せっくすも強いない。
強いるとすれば、きすくらいだ。
葉巻とやらを吸った後のきすは最悪だったが、それも一回きりだった。
外に出たいと言えば出してくれるし、船の中を見たいと言えば案内してくれた。
キッドはなぜかすごく上機嫌だった。









島に近づくと、硝煙と血の臭いがした。
怒鳴り声や叫び声が聞こえる。
戦の最中なのだろうか。
私が手すりから体を乗り出して島を眺めていると、隣にキッドがやって来た。
肩を掴まれ、引き戻される。
キッドを見上げると、口元に楽しげな笑みを浮かべていた。


「噂通りの島だな」
「噂?」


私が聞き返すと、後ろに控えていた仮面が歩み寄ってきた。
なぜかその手には既に武器が携えてある。


「無法の島だ。正式な名称はないし、海図にも『載せられない』。…法どころか常識も情けもない島だからな」


仮面は落ち着いた声で説明した。
再び島に視線を戻すと、浜辺に突き立てられた棒の先端に生首が刺さっているのが見えた。
確かにまともな精神をもった人間はいなそうだ。
生首の数は一つや二つではなかった。
胸の悪くなる光景だ。
港に着いたらすべて焼き払ってやる。


「まぁ、楽しそうな島じゃねぇか。通称フリードインゼルっつったか」
「その通称、『平和な島』という意味らしいぞ」


仮面の言葉にキッドは喉の奥で笑った。


「そいつぁピッタリな通称だな」
「違いない」


顔は見えないが、仮面も少し笑っているようだった。
人間のこういう笑い話は、私には理解できない。
そう言っているうちにも船は島へと近づいていた。
ふりーど、いんぜる…?
変な名前だ。
私は一人眉を寄せた。


浜辺で男女が絡み合っている。その隣には首のない死体が転がっている。
誰かが天に向かって銃を撃ち、怯えた馬が走り回る。
酔っ払いが馬に潰され、それを見て笑い転げる人間共。溢れた酒に葉巻の火が落ち、小銭を拾っていた少年が燃え上がる。

近づけば近づくほど、地獄のような光景が鮮明に見えてきた。


「ヤクニ、お前は船から降りるな」


ふいに、キッドが私の肩を抱き寄せて言った。
囁くような声だったが、しっかりと仮面にも聞こえていたらしい。


「連れて行った方が戦力になるだろう」
「戦力なんて必要ねぇんだよ、あんなゴミ共にヤクニの炎はもったいねぇ」


キッドはそう言いながら私の髪を撫でた。
何だかむず痒い。しかし悪い気はしない。
私はキッドの手を振り払うことなく、好きなようにさせた。


しかし、だからと言ってキッドの言いなりになる理由はない。


「降りるも降りないも、私の勝手だ」


私がそう言い切った時、近接した船の甲板から、誰かが銃を撃った。
乾いた火薬の音が空気を揺らした。
弾丸が私へと飛ぶ。それは私の目の前でピタリと止まった。
振り返らずとも分かる。キッドが止めたのだ。
あんな鉛玉一発脳天に当たったところで大したことはないのだが、キッドは己以外が私を傷つけることを認めない。
鉛玉は空中で固まっていた。
まるでそこだけ時が止まっているかのように見える。
そして、キッドは低く囁いた。


「リペル」


小さな弾が、放たれた時と同じ様に『放った相手』へと跳ね返っていく。
船上にいた人間は、脳天から血を噴き出して甲板に崩れ落ちた。
人間はあの小さな弾一発で絶命してしまうのか。
私が思ったのは、それだけのことだった。


「キッド、あの程度の攻撃では私は傷つかぬぞ」
「そう言う問題じゃねぇんだよ」


キッドが小さくため息をつく。
じゃあ一体何が問題なのか。
私は人間には殺されないし、キッドがもったいないと言うのならば炎だって無闇に使いはしない。
意味が分からなくてキッドを睨むと、しばらく沈黙した後に「…勝手にしろ」と小さな声で言われた。
それを見ていた仮面が「すっかり言いなりなんだな」と言ったのを、キッドは無視した。




船の碇が下ろされる。
その間も至る所から無意味な攻撃が飛んできた。
仮面が武器で弾き返したり、キッドが鉄を操ったり、私が燃やしたりしたため、船には何の損傷もない。
しかも攻撃してきた人間をことごとく殺しているため、だんだんとこの船に攻撃しようとする人間はいなくなってきていた。
もうしばらくすれば完全に戦意喪失するだろう。


「お前ら気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
「はい!お頭!!」


船員達がキッドに答える。
皆それぞれ奇抜な格好をしている連中ではあるが、キッドへの畏敬の念は一様に抱いているらしい。

そして私は、キッドの隣に並んで船から降りた。

[*前へ][次へ#]

23/53ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!