14 * 敵襲にあった日の晩、結局人間は私にあの行為を強いた。 しかも激しかった。あまりに激しすぎて、記憶が飛んでしまっている。 何度もキッドと言わされたような気がするのだが、はっきりしない。 とにかく人間の様子がこれまで以上におかしかった。 私を抱き締めたり、まるで愛する者に対するような態度をとったり―…どう反応すれば良いのか分からなかった。 相変わらず枷をはめられたままで、逃げようとすると容赦なく殴られたり壁や床に叩きつけられたりする。 それなのに、あの人間は私に甘く囁くのだ。 気が狂ってしまいそうなくらいに、私は混乱していた。 「全部食ったのか、初めてだな」 人間にそう言われ、私はハッとして自分の手元を見た。 与えられていた食べ物を気づかぬうちに完食してしまっていた。 顔から血の気が引く。 「好きなもんでもあったのか?」 私は首を横に振った。 心臓の音がうるさい。 自分の手先を見ると、爪が丸まっているのに気づいた。 鼻も効かなくなっているようで、いつも嫌なくらいに臭っている人間の臭いが分からなかった。 これは、非常にまずい。 最近日数を数えていなかった。 もうそんなに時が経ってしまったのか。 私は窓の外を見た。 「どうした」 ぐい、と人間が顎を掴む。 強引に顔を引き戻された。 「離せ、っ…!?」 どす、と鈍い音。 鳩尾に衝撃を感じ、呼吸が詰まる。 拳を打ち込まれたのだ。 骨が軋み、内臓が押し上がる。 さっき食べたものが込み上げ、私は体を折り曲げた。 痛い。 人間は床に転がる私を見て、不思議そうに言った。 「そんなに痛てぇのか?」 答えようにも声が出せない。 涙の滲む目で人間を睨んだ。 「いつも平気な顔してんだろ」 いけない。 コイツに気づかれるわけにはいかない。 …誰にもあの姿はさらせない。 私が答えないでいると、人間は私を踏みつけてきた。 続けざまに腹を蹴り上げられ、私は耐えきれずに嘔吐した。 * 青年の変化にキッドは気づいていた。 いつもより反応が鈍いのだ。 いつもならキッドが部屋に入ってきた途端、手負いの野性動物を彷彿とさせる勢いでキッドのことを威嚇していたのに、今日はそれがなかった。 隙あらば鎖を引き千切ろうとするのに、それもしなかった。 朝だって、少し蹴っただけで戻してしまった。 キッドはぐったりとした様子の青年を見た。 青年は落ち着きなく視線を動かしている。 しかし鎖を取ろうとする素振りは見せない。 しきりに窓の外を気にしているようだった。 「…外に出してはくれぬか」 青年は突然言った。 この青年が命令形ではない口調でものを言うのは珍しい。 しかもこんなに下手に出た発言は初めてだった。 「さっきからどうしたんだ?理由を言え」 キッドが近づくと、青年はびくりと震えた。 そして、おそるおそるキッドを見上げる。 「…今日は、気分が悪い‥外の風に当たりたいのだ」 そう言って、目をふせる。 納得は出来なかったが、キッドは頷いた。 じゃらじゃらと青年が足枷を引き摺る。 その歩みはヨタヨタとした弱々しいものだった。 キッドはその細い腕を掴んでいた。 逃げないように取り押さえていると言うより、倒れないように支えているように見える。 甲板に出ると強い風が吹きつけ、青年の銀髪がたなびいた。 深紅の角がキラリと太陽の光を反射する。 「…もっと、向こうへ」 青年が手すりを指差す。 手枷が重いのか、その指は小さく震えていた。 キッドは青年の望むまま、手すりの方まで青年の腕を引く。 青年は手すりに寄りかかり、海面を見下ろした。 まさか飛び込む気なのだろうか、とキッドが見ていると青年はキッドの方を振り返った。 そして微笑んだ。 美しすぎる微笑みに、キッドが目を見開く。 初めて見る表情だった。 手枷のついた手で、キッドの頬に触れる。 徐々に青年の顔がキッドに近づいていく。 赤い瞳に捕らわれ、キッドは身動き一つとれなかった。 唇と唇が触れ合う。 いつの間にか青年の腕がキッドの首にかけられていた。 手枷の鎖がキッドの首に当たる。 青年は誘うように薄く唇を開いた。 キッドが甲板に青年を連れ出したと船員から聞いたキラーは、急いで甲板に向かった。 嫌な予感がしたのだ。 そしてそれは見事に的中した。 キッドと青年が深いキスをしているのが目に入る。 青年の手枷がキッドの首にかけられ、それを引き寄せるように青年はキッドを抱き締めていた。 青年がうっすらと目を開く。 その冷たい色に、キラーは背筋が凍るのを感じた。 ぐらり、と青年の体が手すりの向こうへ倒れていく。 なぜかキッドはそれに全く気づいていない。 「キッド!!」 キラーが駆け出した時には、二人の体は海へと落ちていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |