13 航海は非常に順調だった。 しかし、この大海賊時代に海で他の海賊に鉢合わないわけがない。 ドゴーンっ!!! 大砲の音が響く。 青年は新しくつけられた鎖を引き千切り、窓に近づいた。 黒い海賊旗を掲げた巨大な船が見える。 甲板には武器を持った男達がたくさんいた。 「何だ…あれは‥?」 もっとよく見ようと窓に張りついていると、背後の扉が勢い良く開いた。 そこに立っていたのはキッドだった。 まだ火傷の包帯は取れていない。 黒い毛皮のコートを羽織ったキッドは黙って青年に手を向けた。 どこからか飛んできた新しい鎖が、青年の体にぐるぐると巻きつく。 その勢いのまま、青年はどしゃりと床に倒れた。 「貴様っいきなり何…っ!?」 布を丸めた物を口に突っ込まれ、その上から布を巻かれる。 青年はモゴモゴとキッドに悪態吐いたが、キッドは綺麗にそれを無視した。 「良いか?鎖を千切るな、声を出すな、ここから出るな。破ったら死ぬほど啼かすからな」 言うだけ言って、ばたんっとドアを閉める。 そして厳重に鍵をかけ、南京錠までつけた。 部屋の外でそれを見ていたキラーが「そこまでするか」と思わず呟く。 キッドはそれも無視した。 銃弾が飛び交う甲板で、男達の怒号が響く。 「ロープ架かったぞー!飛び移れ!」 「皆殺しにしろっ!!」 血走った目で口々に叫び、笑いながら相手の頭を撃ち抜く。 「今日も今日とてイカれてんなァ」 「むしろこれが通常だろう」 キッドとキラーは短く軽口を叩いて、敵船へと飛び移った。 海上で激しい戦いが繰り広げられる中、青年は鎖を引き千切ろうと格闘していた。 幾重にも巻かれたそれを千切るのは流石に難しいらしい。 部屋の中を転がり回り、棚や壁やテーブルに激突する。 ドゴーン!ドゴーン! と立て続けに大砲が鳴る。 船が大きく揺れ、青年の体は窓の方へ転がった。 そこで窓の外にいた人物と目が合った。 ロープにぶら下がった男が、床に転がった青年を凝視する。 青年も男を見上げて固まっていた。 一体そこで何をしているんだ?と言う風に男を見る。 男はそんな青年を見てにやぁ、と笑った。 激しい音を立て、窓が枠ごと砕け散る。 青年は咄嗟に転がって破片を避けた。 そして部屋に入ってきた男を見上げる。 いやらしい笑みを浮かべた男は舌舐めずりをした。 気持ち悪さに青年が眉を潜める。 ロープを使って乗り移って来たのは一人だけではなく、続いて二人の男が部屋に入ってきた。 「おい見ろよぉ、こんなとこに女囲ってたぜ」 「よっぽど大事みてぇだな」 「上玉じゃねぇか」 安い台詞を吐きながら、げへへと下品に笑う男達を、青年は何だコイツら?と呆れた目で見た。 その目が気に食わなかったのか、大斧を持った男が青年の胸ぐらを掴み上げた。 「あ゛ー?何だその目はよ?」 「今の状況分かってるー?」 「縛られてて、男に囲まれてんだよ?今からぐちゃぐちゃにして海に捨ててやっからなぁ」 男達の汗臭い手が、青年の下半身に伸びる。 しかし鎖が邪魔で脱がすことが出来ない。 戦闘で興奮したものを吐き出したい男達は、青年に巻かれた鎖を引っ張った。 斧男が舌打ちをする。 青年を床に寝せ、鎖に斧を振り下ろした。 ガキン!と硬い音が響き、鎖が切れる。 男達は我先にと青年の鎖をもぎ取った。 そして青年の口を塞いでいた布を取り去る。 青年は、赤い瞳を細めた。 「ご苦労だった。礼を言う」 重い手枷で男の頭を殴ろうとした時だった。 一瞬にして青年の視界から男達が消え去る。 青年が窓の方を見たのと、海に三つの水柱が上がったのは同時だった。 破られた窓の前に立っていたのは、怒りを露にしたキッドだった。 青年は今まで一度もキッドの怒りを目にしたことはなかった。 キッドが青年に暴力を振るう時、そこに怒りはない。 ただ青年の反応を楽しんでいただけだ。 しかし今のキッドは燃え盛るような怒りのオーラを放っていた。 大股で青年に歩み寄る。 鎖が取れたから逃げることも出来たのに、青年は動けずにいた。 キッドは青年の前に膝をつき、確かめるように青年の体を触った。 衣服の乱れもなく、顔に傷がついていないのを確認する。 青年はどうすれば良いのか分からず、ただじっとしていた。 確認し終わると、キッドは長く息を吐いた。 「…言っておくが鎖は千切っておらぬぞ」 妙な沈黙に耐えきれなかったのか、青年は慌てたようにそう言った。 外ではまだ戦闘が続いているらしく、ちらほら銃声が上がる。 「その、…あやつらが急に壁を壊して入ってきたのだ」 キッドは顔を上げて、青年の両肩をがっしり掴んだ。 「……な、何だ…?」 真っ直ぐ見つめられ、青年の赤い瞳に戸惑いが浮かぶ。 能力で縛られていない今なら、押し退けて逃れることもたやすい。 しかし、出来なかった。 青年はキッドの視線に縛られていた。 キラーあたりが敵船のクルーを皆殺しにしたらしい。 甲板から歓声が聞こえる。 「―…これだけは覚えておけ」 キッドが青年を抱きしめる。 広い胸の中に閉じ込められた青年は、驚きに体を硬直させた。 「お前は俺のものだ。誰にも触れさせねぇ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |