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*



人間の食事をとるのはこの際致し方ないことだった。
体力の限界だったのだ。
かと言って人間は食いたくない。
私が指を食いきれなかったのがそんなに楽しかったのか、人間はことあるごとに食わないのかと聞いてきた。
そんなに私に食われたいのか。
意味の分からない奴だ。

体力の回復してきた私は毎日のように脱出を試みていたが、毎回人間に阻まれていた。
鉄を自在に操る能力は実に厄介だった。
私にはめられた手枷と足枷は、鎖を引き千切ることは出来ても手首と足首についた鉄の輪を外すことが出来なかった。
相当頑丈に作られている。
人間にこのようなものが作れるとは思わなかった。

どうにか奴のいない間に部屋を抜け出しても、この鉄の輪のせいで直ぐに四肢の自由を奪われる。
その後に私を待っているのは、あの意味の分からない行為だった。
しかも最近はさらにおかしかった。
人間が私を一切殴らなくなったのだ。
床に頭を叩きつけることも、首を絞めることもなくなった。
ただ身体中を撫で回し、なぜか私の性器を弄るようになった。
それは異様な感覚だった。
体の奥底から何かが這い上がってくるような、自分では制御することの出来ない熱を感じた。
頭の中が白くなり、体に上手く力が入らなくなる。
呼吸もままならず、非常に苦しかった。
痛みがないのが余計に苦しい。
それを分かっての事なのか、人間は私が苦しめば苦しむほど優しく触れてきた。
人間に撫でられた箇所に熱を感じ、訳が分からなくなる。
自分の体が人間に奪われているように思えた。






「…一体、何の意味があるのだ?」


今日も部屋を出た所で人間に捕まった。
この人間は必ず私の手で爆死させようと改めて思う。
しかしそれだけの妖力はまだ回復出来ていない。

私の問いに、人間が動きを止めた。
既に帯はほどかれ、床に散らばっている。


「私の体に貴様の性器を挿し込むことに、一体何の意味があるのだと聞いている」
「は…」


気になっていたことを直接言うと、何故か人間は固まった。


「まさかお前、今の今まで俺に何されてんのか分かってなかったのか…?」
「だから聞いている」


人間はなぜか黙り込んだ。
額に手を当てている。
そして小刻みに肩を震わせた。
…笑っている。
声も出ないほど可笑しいのか、人間はバンバンと床を叩いた。
私は訳も分からずむしゃくしゃした。


「笑うな」
「くっ‥無茶言うな…ハハハハッ!!そうかお前、何も分かってなかったのか」


非常に馬鹿にされたような気がした。腹が立つ。
人間はなぜか嬉しそうだった。
私の頬を撫でる。
そして額に唇を押しつけた。


「これがキスだ」
「きす…?」


今度は頬に押しつけられ、ちゅ、と小さな音がした。


「本当は口にするんだけどな、お前噛みつくだろ」
「…」


きす、とはいつも人間が私の身体中を吸っていたあの行為のことを言うらしい。
しかしそこに何の意味があるのかは分からない。
口にきすを受ければ、分かるのだろうか。


「…噛みつかぬから、して見せろ」


この人間の言っていることを理解できないのは癪だった。
人間は私をなぜか呆けた顔で見ていた。


「やらぬのか…?ならば―…っ!?」


突然、口を塞がれる。
ぼやけてしまうくらい近くに、人間の顔があった。
赤い髪が顔にかかる。
人間の唇は熱かった。
額や頬に触れた時の比ではない。
あまりの息苦しさに思わず人間の唇を噛みそうになったが、寸での所で耐える。
人間は濡れた舌で私の唇を舐め、軽く食んだ。
そして私の唇を割り開き、口の中まで舐め回す。
性器を弄られているわけではないのに、頭が白んでいく。
ふぅふぅと鼻から荒い息が漏れた。
体が宙に浮くような感覚。
落ち着かない、何かにすがりつきたい。
目には私の意思とは関係なく涙が浮かんだ。


「ンンっ‥ぁ、ふ‥ぅ、ん」


僅かな隙間から上擦った声が漏れる。
何なんだこれは。

人間は口を合わせる角度を変え、何度も何度も私の口内を貪った。
溢れる唾液を飲み込む。
もうどちらのものかは分からない。



やっと人間が離れた時、私は涙でぼやける視界を見上げていた。
体に力が入らない。

人間が私の目尻を拭った。
そして耳元で囁く。


「これが、キスだ。分かったか」


本当は何一つ意味が分からなかったが、私はコクリと頷いてしまった。




*




キッドは床で眠る青年を見下ろした。
食事をとるようになってから青年はかなり回復したようだが、なぜか炎を出そうとしない。
まだ本調子ではないようだ。

毎日逃げ出そうとはしているが、枷のおかげで簡単に捕まえられる。
子どものようにスヤスヤと眠る青年を、キッドはそっと撫でた。
触れられることに慣れたのか、目を覚ましはしない。
青年は良い夢を見ているようで、その口元はふにゃりと弛んでいた。
起きている時には決して見ることの出来ない表情に、キッドは無意識のうちに微笑んだ。




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あきゅろす。
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