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「キッド、『あれ』は本当に何なんだ」


青年がキッドに名を聞かれてから7日の時が過ぎた。
青年の名前は未だに分かっていない。
どんな仕打ちを受けようとも、決して口を割らないのだ。
それだけなら別に問題なかった。
ここまでキラーが困惑することもなかっただろう。
しかし、青年は確実に異常だった。


「何で7日も飲み食いせずに生きていられるんだ」


青年はこの7日間、一切の飲食物を口にしていないのだ。
何を与えても口に入れようとはせず、無理矢理に食べさせようとすると噛みついてきた。
青年の歯は異様に鋭く、少し気を抜けば咬み千切られてしまいそうなほどだった。
そうやって全てのものを拒んでいるにも関わらず、青年は生きているのだ。
初日よりも明らかに衰弱してはいたが、それにしても異常だった。


「俺が知るかよ。アイツはただの人間じゃねぇって最初から言ってんだろ」
「ただの人間じゃないどころの話じゃない。あれは化け物だ」


キラーはこの数日間、青年を海に捨てようと再三キッドに言ってきたが、もちろんキッドは聞く耳など持たない。
現に今もそうだ。
背中の火傷の処置を受け終わると、キッドはさっさと立ち上がった。
部屋に戻るつもりらしい。


「キッド、少しは真剣に考えろ」
「考えたってしょうがねぇだろ」


キッドは振り返らずにそう言った。
キラーはそんなキッドの背中を見て静かに息を吐いた。











ドアを開く。
部屋の中には青年がいた。
褐色の肌は幾分かつやを失っている。
銀色の髪もくすんでいるように見えた。
キッドが歩み寄ると、青年の目が開く。
縦に瞳孔の伸びた瞳は、野生の獣を思わせた。
しかし青年は動かない、いや、動けないのだ。
キッドは青年の側に座り、頭から生えた角に手を伸ばした。
青年は必死に体を捩ろうとしていたが、日々受けてきた暴力が響いているらしく、上手く筋肉が動かない。
キッドの指が宝石のように輝く深紅の角を撫でた。



これが髪飾りではないと気づいたのは青年を捕らえたその日だった。
名前を言わない青年を、キッドは何度も殴りつけた。
顔の造形を気に入っているためか、顔以外を殴り続けた。
特に矢で射られた胸の辺りを殴りつけると、青年は大きく喘いだ。
痛みに体を震わせ、のたうつ。
その姿にキッドはますます嗜虐心を刺激された。
長い髪を掴んで青年の体を引き起こす。
その時、角が青年の頭から生えていることに気づいたのだ。


「お前、魚人なのか?」


尖った耳に、鋭い牙や爪、それに角まで生えているとなると人間である可能性はほぼない。


「魚、人だと?‥ふざけるな…っ!」


キッドの問いに、青年は血を吐きながらも言い返した。


「私は、鬼だ…っ!!」


紅く輝く角は、さながら青年の放つ炎のように美しかった。






キッドは飽きることなく青年の角を撫でた。
角の表面はつるつるとしており、傷ひとつなかった。
磨き抜かれた石のようだ。
もう何か言う力もないのか、青年はされるがままになっていた。
脱力しきった青年の顎を持ち上げる。


「何か食え、死ぬぞ」


キッドに顎を掴まれ、青年は虚ろな目でキッドを見上げた。
衰弱しているが、まだその美しさは健在だ。


「人間、の…ほど、こしなど‥受け‥ぬ」


そう言って、青年はキッドに蔑みの目を向けた。
口答えする度に暴行を受けたためだろう。
次に襲いかかってくる痛みに備えて、青年は体を若干強ばらせた。
ところがキッドが拳をふるうことはなかった。


「何でも好きなもんを食わせてやる」


キッドの言葉に青年が目を大きく見開く。


「え…?」


小さく首を傾げた。
困惑している青年に、キッドはさらに続けた。


「どんなもんでも用意してやる、だから何か食え」


その声は甘さすら滲んでいるように思えた。
大きな手のひらで青年の顔を包む。
それは青年の頬を優しく撫でた。
異様な感覚に、青年の顔が青ざめていく。
まだ殴られた方がましだったのだろう。


「き、貴様、何を‥」
「良いから言ってみろ」


青年はしばらくキッドの視線から逃れようと抵抗していたが、その抵抗も段々と弱くなっていった。

そして青年はキッドの目を見た。

何か思いついたのか、口元が美しい弧を描く。
その瞳は冷たかったが、笑みは綺麗だった。


「ならば…」


じゃら、と青年の手枷が鳴る。
鋭い爪がキッドの手の甲を撫でた。
そして弱々しく指を握る。
青年はゆっくりとキッドの指を自分の唇に当てた。


「貴様の指を‥食わせろ」


唇の間から赤い舌が覗く。
それはキッドの爪の先をちろりと舐めた。

絶対に拒むと思っているのだろう、青年の顔には優越感が浮かんでいた。
キッドは青年の行動に思わず動きを止めていたが、直ぐに笑う。


「いいぜ、食えよ」





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あきゅろす。
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