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28曲目




音のない、モノクロの風景。
誰かが俺を呼んでいた。
誰なのかは分からない。
何と呼ばれているのかも分からない。
ただ俺が呼ばれているのだと言うことだけは、はっきりと分かっていた。
心臓の辺りがぞわぞわした。

怖い。
怖い。
怖い。

俺は細い竹の上に、片足で立っていた。
平べったい靴を履いた足が、体を支えている。


これは、この体は、誰だ?


視界が大きく揺れる。
見ると、辺り一面に竹が突き立てられていた。
足元には小さな水溜まりのような、池のようなものが大量にある。


落ちては、いけない。


そう、本能で思った。
しかし体は全く言うことを聞かない。
ぐらりと頭が傾く、体が傾く。
足の裏に感じていた固い竹の感触が消える。
そして何の音もなく、俺の体は水の中へ落ちた。
大量の泡が水面へ向かって上がっていく。
もがくように伸ばした手は、紛れもなく人の形をしていた。





―…俺は一体、何なんだ?






*




ハッとして目を覚ます。
直ぐに俺は自分の手を見つめた。
黒い毛の生えた手。やっぱり俺は黒猫だ。
薄れていく夢の内容を思い返す。
水面に向かって伸ばされた手は、紛れもなく人間のものだった。
どうしてあんな夢を見るのだろう。
人間になりたいと言う俺の願望の現れだろうか。
それにしては、怖い夢だった。




でも、朝御飯を食べる頃には俺の頭から夢のことは消え去っていた。





今日もいつものように歩く訓練をした。
最後にはバスタブで泳いだ。
アヒルのおもちゃをクルーが作ってくれて、俺はそれを追いかけて遊んだ。
狩猟本能と言うものなのだろうか。
逃げるものを見ると反射的に追ってしまう。しかも結構楽しい。
俺がガシガシとアヒルに噛みついていると、それを眺めていたローが笑う。


「すごいな、ヨル」


ただ遊んでいただけなのに、なぜか褒められた。
嬉しい。
水面に浮かぶアヒルの顔に連続でパンチを決める。
ローは楽しそうに「おー、頑張れ頑張れ」と言った。




訓練を頑張った日は、ローが一緒に昼寝をしてくれたり、夜一緒に寝てくれたりする。
俺とローが一緒に昼寝していると、いつの間にかベポが一緒に寝ていたりするのだが、それはそれで嬉しい。
まぁ、暑さに耐えられなくなったら別の場所に避難したりするのだが。




今日はローの膝の上で昼寝をすることにした。
いつもローが本を読んでいる部屋で、俺はローに抱き上げられた。
そして椅子に座ったローの膝の上に乗せてもらった。
ローが本を手に取る。
俺はローの膝の上で丸まった。
気持ち良さで言うと、柔らかい分ベポの方が断然寝心地が良いのだが、ローはまたベポとは違った心地よさがある。
とても安心できるのだ。
ローの匂いに包まれながら、目を閉じる。
眠りに落ちるのはいつもあっという間だった。



*



膝の上で、ぴすぴすと寝息を立てる子猫を見下ろす。
片手で猫を撫でながら、机に開いた本をもう片方の手で捲る。
ローの手はあるページで止まった。
急いで机の上に置いてあったバインダーを取る。
それはヨルの状態をこと細やかに記したカルテだった。
パラパラと捲り、目を忙しなく動かす。


「……おかしい」


ローは小さく呟いた。
ヨルは相変わらず可愛らしい寝息を立てている。
ローの指がカルテに記された数字をなぞる。
そして、本に視線を戻した。
その本には、猫の成長に伴う年齢と体重が記されていた。
ローがなぞったカルテの数字はヨルの体重だった。
日付は、ヨルを拾った日。

その時、コンコン、とノックの音がした。


「キャプテン、コーヒー持ってきたよー?」
「入れ」


部屋に入ってきたベポに、ローは直ぐ様別の指示を出した。


「ベポ、体重計を持ってこい」




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