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24曲目


前足に、後ろ足に、全力をこめる。
体を起こして、どうにか持ち上げた。
どくん、どくんと心臓の音で頭の中が一杯になる。
歩かなければ、早く、速く。
ローの元へ行かなければ。

小さな砂利が肉球に食い込んで痛かった。
ほとんど使われていなかった足の筋肉が震える。
頭が熱くなる。
引き摺るように歩を進める。
一歩進む度に、俺は地面に倒れた。

ローは確かに言った。
俺は嬉しさで前が見えなかった。

気力だけで足を動かし、体を動かす。
何度倒れたか分からない。
花火の音さえ聞こえない。

気づけば目の前にローが膝をついていた。
刺青の入った手が差し出される。
俺はローを見上げた。
パッと空が明るく輝く。

ローの瞳は、今まで見たことのないくらい、優しい色をしていた。

俺は土で汚れた前足をローに伸ばした。
指先が足に触れる。

あの時、花火の爆音の中ローは確かに言ったのだ。
「名前をつけてやる」と、言ったのだ。
名前をくれるということは、俺を飼ってくれるということ。
それは、ローのものになれるということ。


ローの手が俺を抱き上げる。
俺はローの胸にすり寄った。
温かい。安心する。

「―…良くやった……ヨル」


聞きなれない言葉に顔を上げる。
ローは笑っていた。


「お前は今日からハートの海賊団の一員だ、ヨル」


ヨル―…俺の名前?
ローは初めから俺の名前を考えていたらしい。
さらりと口にされたその短い言葉は、俺の胸の中にすんなりと染み込んだ。
これは、このフラワーパレスの猫達が持たないものだ。
俺の存在の証明。ローが俺の主人である証。
俺だけの、名前。

嬉しすぎて、死んでしまいそうだった。



*



小さな黒猫は、わずか2mほどの距離を必死で歩ききった。
ローは傍目から見ても、黒猫に駆け寄ろうとしているのを我慢しているのがよく分かった。
一歩前に出そうになる足をどうにか押さえつけ、黒猫の歩みを見守る。
ベポは黒猫の背を見て涙を溢した。
何度倒れても健気に歩き続ける黒猫に、船上から様子を見守っていた船員達の目頭も熱くなる。


黒猫がローの元に辿り着いた時、ローが黒猫を抱き上げ言った一言に歓喜したのはその場にいた全員だった。


「うわぁぁぁぁん!キャプテンありがとう!大好き!!」


ベポがローを抱え上げた。
そしてわんわんと泣きながらローに頬をすり寄せる。
ローが制止の言葉を上げる前に、船から続々と船員達が降りてきた。


「船長ぉぉぉぉぉ!!!」
「もう本当にアンタ何なんスか本気でぇぇぇぇ!!!」
「飼うなら飼うって最初から言ってくださいよもぉぉぉぉぉぉ!!!」
「船長の馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!最高ですぅぅぅぅぅ!!!」


皆嬉しさのあまり変なテンションになっていた。
ベポに抱えられたローを取り囲んで騒ぎ立てる。
最早祭の最中の街よりも盛り上がっていた。
立て続けに上がる花火の音すらかき消す勢いだ。
大の男達が揉みくちゃになって騒いでいる様は、知らぬものから見れば異様なものだった。

しかしその真ん中にいる黒猫―…ヨルは、実に幸せそうにローの胸元に顔をうずめていた。










「安楽死の毒薬?あぁ、これはただの水だ」


ローの言葉にその場にいた全員が固まった。


「えぇぇぇぇ!?」
「最初から殺す気なんてさらさらねぇよ。大体んな根性なしなら今まで生きてねぇだろ」


ローは綺麗なタオルを湿らせて、ヨルの足を拭いた。
ヨルが嬉しそうに「ろぅ、ろぅ」と鳴く。
ぷにぷにとした肉球でローの頬に触れた。


「じゃ、じゃあ何であんなこと言ったのキャプテン…?」
「さぁな」


ヨルの足を拭き終わると、ローはヨルを抱き上げて笑った。


「どうでも良いだろ、今は」


ヨルの尻尾がゆらゆらと揺れる。
それを見てシャチが笑ってベポの背を叩いた。


「チビ…じゃなくて、ヨルも喜んでるみたいだしなー」
「船長、そのヨルって名前は前々から考えてたんですか?」


ペンギンの問いに、ローは少しだけ間をあけて、答えた。


「いや、さっき適当に思いついたやつだ」


そう言って、ヨルを撫でる。
ローに抱き上げられていたヨルには、ローのフードの中に入り込んでいた真言華の花弁が見えていた。


それは真っ赤に染まっていた。


ローが前々から考え抜いてつけた名前を貰ったヨルは、その嬉しさを噛み締めるように一声鳴いたのだった。




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