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23曲目


*


「はい、この子君の猫ちゃんでしょ?」


ベポが笑顔で茶色の毛の子猫を連れてくる。
その腕の中では黒猫と子猫がじゃれあっていた。
じゃれ合うと言っても、黒猫は引き気味である。
子猫の方が黒猫にじゃれついている感じだ。

少女はそれを見て笑った。


「いえ、その子は野良猫なんです。この辺に住んでいて、皆で世話をしていると言いますか」
「へぇ〜猫に優しい町なんだね」
「餌とトイレさえ気をつければゴミも漁りませんからね、あと可愛いですし」


少女は言いながら小さな花冠をバスケットから取り出した。
それを黒猫の首にかける。
そしてベポを見上げた。


「ちょっと待っててくださいね」


少女は手際よく花冠を作り始めた。
作り慣れているのだろう。茎を編む速度が速い。
ベポはその様子をまじまじと眺めていた。

あっという間に完成した花冠は、バスケットに入っているものよりもかなり大きかった。
少女は笑顔で「しゃがんでください」とベポに言う。
言われるまましゃがんだベポの首に、大きな花冠がかけられた。


「わぁ、ありがとう。チビちゃん、お揃いだね」
「とってもお似合いですよ。今夜は花火も上がるので、最後まで花祭りを楽しんでくださいね」


少女はベポから茶色の子猫を受け取ると、また観光客に花を配り始めた。
その後ろ姿を眺めながら、ベポはポツリと呟いた。


「やっぱりチビちゃんにはお友達が必要なのかな…」











空が茜色に染まる。
町は相変わらず花吹雪が舞っていた。


「チビちゃん…船に戻ろうか」


ベポは噴水に腰かけていた。
膝の上に乗せた黒猫をそっと撫でる。
黒猫は黄色い目でベポを見上げた。
くりくりとした大きな瞳にベポの顔が映る。


「俺はチビちゃんと離れたくないな…でも、チビちゃんが死んじゃうのは…もっと嫌だな」


ベポの言葉に、黒猫は両耳をぺたりと下げた。
そしてベポの大きな手に頭をすり寄せる。
ベポの真っ黒な瞳がじわりと潤んだ。



*



俺はベポに抱えられたまま、港へ向かっていた。
花火を見るために集まった人々の間を縫うように、ベポが歩く。
空には星が輝き始めていた。

どくん、どくん、と心臓が高鳴る。
俺はこれからどうなるのだろう。
ここに残されたとしても、町の人々は俺に優しくしてくれるだろう。
でも、そういうことではないのだ。

俺は、ただ、皆と一緒にいたい。
一緒にいたいんだ。




港には、ローがいた。
シャチやペンギンや他の船員達は船の上から俺達の様子を見下ろしている。
これが、最後のチャンスなのだろう。
プルプルと手足が震える。
ここで俺が歩かなければ、ローは俺にあの注射を射つのだろうか。
怖い。
怖くて怖くて仕方がない。
でも逃げることは出来なかった。


「ベポ、そいつを地面に降ろせ」


ローの声は静かだった。
それなのに、はっきりと耳に届く。
ベポは黒い瞳に涙を溜めながら、俺をゆっくりと地面に降ろした。
固い地面が肉球に当たる。
俺は少しも自分で立っていられず、コロンと転がった。


「あっ…」
「触るな!」


俺を助けようと思わず手を伸ばしたベポにローが短く怒鳴る。
心臓が二回りくらい小さくなったような気がした。
顔を上げて、ローを見る。
遠くに祭の喧騒が聞こえた。
空には星が輝いている。
こんな状況でなければ、きっと綺麗だと思ったに違いない。


「歩け」


ローが言う。
どうして、そんなに苦しそうな顔をしているのだろうか。


「―…歩け」


青灰色の瞳から目が離せない。
俺はこの人から離れたくない。


ローが次の言葉を紡ごうと、口を開く。
それと同時に、空高く真っ赤な花火が上がった。




耳の痛くなるような爆音の中、それでも俺は、ローの言葉を聞き取った。






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