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19曲目

*

結局俺は歩かなかった。
ローに、本当に歩けなくなると言われた時はギクリとしたが、喋れない俺にはこの手段しか残されていない。


ベポの問いに、ローは答えなかった。
ただ俺達に背を向けて、船から出て行った。
俺はいつものカゴの中に戻された。
餌をもらい、トイレの世話をしてもらう。
ベポはいつも以上に優しくしてくれた。
俺によく話しかけてくれた。
それでも俺の胸の内は晴れなかった。
ローの答えが気になって仕方がない。
ローは何を考えているのだろう。
本当に、俺を捨ててしまう気なのだろうか。
一人ぼっちになることを考えると、お腹の奥が冷たくなった。








その夜、港から楽しげな音楽が流れてきた。
花祭りとやらの音楽だろう。
船に残っている船員は少なかった。
ベポとペンギンと…あと2、3人くらいだろうか。
皆町に行ってしまったらしい。
俺はカゴから頭を出して周りを見回した。
この部屋には小さな窓があるが、俺からは離れすぎていた。
外の様子を見ることは出来ない。

ふと、視界に真っ赤な花束が見えた。
俺が入れられていたバスケットだ。
何だか嫌な気分になった。
こんな島、早く出発してしまえば良いのに。


タオルの中に潜り込んで、俺はそんなことを思った。




*




夜の町をローが歩く。
商店街は昼間と同様に大量の人で賑わっていた。
昼間と違うのは、花配りの少女が艶やかな女に変わった所だろうか。
道行く男は女から花を受けとると、口元に笑みを浮かべ女と共にどこかへ消えていく。
ここはそういった意味でも『華の町』らしい。

しかしローは花女から花を受け取りはしなかった。
他のクルー達が好みの女と消えていく中、ローは一人で道を歩いていた。
いつもついて来るベポはいない。
船でベポの質問に答えなかったローに、珍しくベポは怒ったのだ。


ふと、ローの足が止まる。
路地裏から小さな声が聞こえた。猫の鳴き声だ。
ローは暗闇の中へ足を踏み入れた。

商店街から少し外れたその路地裏は、町の騒がしさを感じさせない静かな所だった。
そこに3匹の黒猫がいた。
兄弟なのだろう、耳に噛みついたりのし掛かったりして、じゃれあっている。
その中にはハートの海賊団に可愛がられている黒猫と、同じくらいの大きさの黒猫もいた。

ローは壁に寄りかかり、じゃれあう黒猫達の様子を眺めた。
その時だった。
背後からじゃり、と小さな足音がした。


「お兄さんここで何してるの…?」


ローが振り返ると、10歳くらいの少女がいた。
両手に餌の入ったボウルを持っている。
ここの猫達に餌付けしているらしい。


「別に何も」


答えるローを少女が凝視する。
その視線はローの背負った刀に向けられていた。


「その長いやつ、何?」
「…ただの棒だ」
「嘘」


少女がクスクス笑う。
小さな指がローの肩口をさした。


「真言華の花びらがついてるよ」


ローが見ると少女の言う通り肩に赤い花弁がついていた。
少女はローの嘘を気にすることなく、その場にしゃがんだ。
猫達がころころと駆け寄る。


「本当は何なの?」
「刀だ」


ローが本当のことを言うと、花びらの色がじわりと変わった。
元の薄ピンクに戻った。
ローは軽く舌打ちして、肩を払った。


「いけすかねぇ花だな…」
「お兄さん、観光客なんだ」


少女は、一生懸命に餌を食べている猫達を見つめていた。


「こいつら飼ってんのか」
「ううん、ただご飯あげてるだけ。うちの母さん猫ダメだから」


一番小さな猫が餌にありつけず、鳴き声をあげる。
少女はその猫を抱き上げ、ポケットから餌を出して食べさせた。


「餌やりなら昼間やれ、ガキがうろついて良い時間じゃねぇぞ」
「こんなとこまで入ってくるのはお兄さんくらいだよ」


こんな時間に一人歩きしている少女など人拐いにとっては格好の獲物だが、その心配はないらしい。
少女は道に座り込んだ。
膝の上に残りの2匹がよじ登る。
そして毛繕いを始めた。


「お兄さん、猫好きなの?」
「…別に」
「また嘘」


少女に言われ、ローは思わず肩を見た。
しかし何もついていない。
すると少女が笑って顔を上げた。


「今のは普通に分かるよ。だってこの子達を見る目が優しかったもん」


少女に言われ、ローは決まり悪そうに視線を逸らした。




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