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16曲目


黒猫が入っているバスケットはいつの間にか真言華で埋め尽くされていた。
甘い香りがする。

町のあちこちで花を渡され、それを皆黒猫の所に入れていくせいであっという間にこんな状況になったのだ。
道行く人は皆、花に埋もれている黒猫を見て「可愛い猫ちゃんですね」と声をかけてくる。
中には花を追加してくる人もいた。
ベポは嬉しそうにしていた。
黒猫が可愛いと言われることが嬉しいらしい。


「シャチとペンギンは買い出しに行け。ベポ、来い」


港でもらった町の地図を手に、ローはある場所で立ち止まった。
動物病院の目の前だった。
シャチとペンギンはローに返事をし、黒猫を一撫でしてから人混みの中へ消えて行った。
看板の文字が理解できない黒猫は、今から何をしに行くのかと首を傾げる。


「キャプテン、チビちゃんどこか悪いの?」


病院の扉に手をかけたローに、ベポは不安そうに聞いた。
ローが他の医者を頼るなんてことは滅多にない。
もしかしたらローには解決しようもない何か重大な異変が黒猫に起きているのかもしれない、とベポは顔を青くした。


「一応専門の医者に見せるだけだ」


ローはそう言って扉を開いた。
待合室は空だった。
受付にも人影は見えない。
休診なのか?とローは眉をひそめた。
受付に歩み寄る。
ベポはその後に続いた。


「おい、誰もいないのか?」


受付のカウンターに手をついたローは、奥に向かって声をかけた。
すると奥から慌てて男が出てきた。
少し太った優しげな顔の男だ。
白い髭はふわふわとしていた。
眼鏡の向こうにある小さな目が、ロー達を見て優しげに細められる。
この男が獣医のようだ。


「すみません、今日はどうされました?」


最初はローを見て、後はベポと黒猫を見て獣医は微笑んだ。


「コイツの足を診て欲しい。火事で火傷してから歩けないんだ」
「おぉ、それはいけない。さぁこちらにどうぞ」


獣医に促されるまま、ローとベポは処置室へと入った。
ローが黒猫をカゴから出す。
何本か花が床に落ちた。
黒猫は怯えているのか耳を垂らしてローを見上げていた。
そんな黒猫にローは「情けねぇ顔すんな」と言って、黒猫を診察台に降ろす。


「大丈夫だからねー、お名前は何と言うんですか?」


獣医は黒猫を優しく撫で、ローに訊ねた。


「名前はない、拾った猫だ」
「そうでしたか、随分となつかれていらっしゃいますね」


ハハハ、と笑う獣医にローはどこか気まずそうな顔をした。


「じゃあちょっと足を見ましょうねぇ」


獣医はプルプルと震えている黒猫の前足をつまんだ。
うっすらと火傷の痕がある。
しかしそれ以外は特に異状なかった。
黒猫の足を念入りに触る獣医を、ローとベポは黙って見ていた。
ベポは不安からか、両手でしっかりとバスケットを抱えている。


「火傷は綺麗に治っていますね、感染症にもなっていません」


獣医は黒猫の足から手を離すと、耳の垂れてしまった頭を撫でながら話始めた。


「筋力が衰えているようですが…骨に異状はありませんし、歩けなくなるほどのものではないです」
「え、じゃあチビちゃん歩けるの?」


獣医の言葉にベポはぱぁっと顔を輝かせた。


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