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海の中


「………何だ、あれ」


日課である筋トレの手を止め、ゾロは海を見つめた。
真っ青な海原に、ポツンと何かが漂っている。
回りに船はなく、空には雲すらない。
ゾロは手すりに乗り出し、良く目を凝らした。


柔らかそうな茶色の髪と太陽の光を反射する白い背中が見えた。
そして、その背中を伝う真っ赤な血―…。



「ゾロー何見てんだー?」


笑顔で話しかけてくる船長に答えることなく、ゾロは刀を外して手すりに飛び乗った。
そして迷わず海へ飛び込む。
ルフィは驚きに目を見開いたが、ゾロの泳ぐ先を見て直ぐに納得した。
大きく息を吸って、声を張り上げる。


「人だーーっ!!怪我してんぞ!チョッパーはどこだ!?」


ルフィの声を聞きつけた仲間達が甲板に集まる。

その間もゾロは泳ぎ続けていた。
何しろ船からかなりの距離がある。
生死も分からない状態だが、ゾロはその人間が生きているような気がしていた。
それは確信に近かった。
うつ伏せで海面を漂うその人に辿り着き、ゾロは急いで顔を上に向けさせた。


「コイツは―…!」


海に浮かんでいたのは可愛らしい少女だった。
額からダクダクと血が流れ、唇が青い。
上半身には何もまとっておらず、なぜかトランクスをはいていた。
豊満な乳房が浮き袋の代わりになったのだろうか。
ゾロはバンダナを少女の頭に巻きつけ、自分の着ていたシャツを少女に着せた。
そして細い腰を抱えて泳ぎ出す。
早く止血しなければ命が危うい。

船はナミの指示によりゾロと少女の方へ進んでいた。
直ぐにロープが投げられる。
ゾロは少女を片手で抱き上げ、ロープを掴んだ。
スルスルと上り、手すりを越える。


「チョッパー、頭の怪我が酷い。早く診てくれ」
「待って!あんまり動かしちゃダメだ」


意識のない少女を横抱きにしたまま、医務室へ運ぼうとするのをチョッパーが止める。
そう言われ、ゾロは少女の後頭部にそっと手を添えた。
チョッパーはルフィに呼ばれた時に持ってきていた救急箱を開き、ゾロを座らせる。
そして生気のない少女を覗き込んだ。


「―…出血は派手だけど、傷はそんなに深くないみたいだ」


言いながら、手際よくガーゼを当て包帯を巻く。
応急措置を済ませると、少女を医務室へ運ぶよう指示した。






*




頭が痛い…。
俺は呻き声を上げながら目を開いた。
真っ先に視界に飛び込んできたのはオレンジ色の髪が綺麗なお姉さん。
「気がついたのね」と優しく微笑んでくれた。


「え、あの貴女は…?」


起き上がろうとすると、今度は黒髪のお姉さんに止められた。
シャープな鼻が綺麗な美人さんだ。


「まだ安静にしておいたほうが良いわ」


優しいのだけれど、何だか有無を言わせない力を感じる。
俺はコクコクと頷いた。


「私はナミ、こっちはロビンよ。あなたの名前は?」


オレンジのお姉さんに言われ、俺は頭にふわりと浮かんだ自分の名前を答えた。


「ユエ…です」
「ユエね。あなた、誰に襲われたの?」
「は?」


襲われた…?誰が?

俺が固まっていると、ロビンさんが頭を指差した。


「その傷、誰かに切られたような感じだったけれど…覚えてないかしら?」


そう言われて記憶を手繰ろうとしたけれど、頭に浮かぶのは自分の名前だけだった。
あとは真っ暗だ。
何一つ思い出せない。


「お、思い出せない…俺、どうして…何も…!」


カタカタと肩が勝手に震え出す。
それを押さえようとすると、ナミさんの横からにょきっと何かが出てきた。


「大丈夫か!?落ち着け、ここは安全だからな」


茶色の、よく分からない生き物。
それが人の言葉を話しているのを見て、俺は目を見開いた。


「あ、この子はチョッパー。あなたの手当てをしたのよ」


驚いている俺をよそに、ナミさんはサラリと言った。
ナミさんもロビンさんも普通に接している。
俺が覚えていないだけで、こういう人種がいるのかもしれない。
一先ず俺はそうやって納得した。


「名前は覚えているのでしょう?それ以外には何か思い出さない?」
「うん、何にも…」
「襲われたショックで色んな事を忘れちゃったのかもしれないな」


チョッパー君が小さな蹄(?)をそっと俺の額に当てた。
安心させようとしてくれているのが伝わってくる。
何だかすごく悪いことをしているような気がした。
こう、つぶらな瞳で見つめられると、申し訳なくなってくる。


「あの、俺はどうしてここに…?」
「詳しいことは私達にも分からないの。…ちょっと待ってて、あなたを助けた人を連れてくるわ」


ナミさんはそう言って部屋を出て行った。
そしてすぐに戻ってきた。
ナミさんの後ろには緑の髪のお兄さんがいた。
なぜか上半身裸だ。


「あら、剣士さんまだ着替えてなかったのね」
「…暑いからな」
「それにしたってシャワーくらい浴びなさいよね、塩だらけじゃない」


ナミさんが迷惑そうな顔でお兄さんを見る。
何で塩だらけなんだろう?


「ま、呼ぶ手間が省けたから良いわ。ユエ、この人があなたを助けたのよ」


お兄さんを見つめると、ギロッと睨まれた。
思わずビクリとしてしまう。


「あ、あの、俺何も覚えてないんですけど‥助けてくれてありがとうございます」
「礼はいい」
「え‥あの、はい」


変な沈黙が流れる。


「…俺、ユエと言います。それしか、覚えてないんですが‥」
「俺はゾロだ。…それしか覚えてないってのはどういうこった」


ゾロさんの眼光が鋭くなる。
もともと目付きが悪いのだとしても、これは恐い。
ひっと小さく息を飲むと、ナミさんがゾロさんの頭をすぱーん!と殴った。


「怯えてんじゃない!もっと穏やかに出来ないのその顔!」
「あ゛ぁっ?顔は別に関係ねぇだろ今!」
「剣士さん、ユエを見つけた時の事を話してもらえないかしら。この子、何も覚えていないらしいの」


話が脱線しかけたところをロビンさんが修正する。
俺はその様子を黙って見ていた。


「コイツが―…トランクス一丁で頭から血ィ流しながら海に浮かんでた。それだけだ」
「もっと他に言い方ないんかい!!」


ゾロさんのざっくりした説明に、ナミさんが再び拳をふるう。
俺は痛む頭を押さえつつ、上体を起こした。
ロビンさんが俺を見て優しく笑う。


「あなたを着替えさせたのは私だから、心配しなくても大丈夫よ」
「体も綺麗に拭いたからね」
「えぇぇぇぇぇっ!?」


その言葉に、俺は思わず叫んだ。

こんな綺麗なお姉さん二人に裸を見られ、しかも拭かれて着替えさせられたなんて…!!
恥ずかしい死ぬほど恥ずかしい!!
恥ずかしすぎてジワリと涙が滲む。


「ど、どうしたのユエ?」


ナミさんが狼狽えながらも俺の側にやって来る。
でももうその顔を直視することは出来なかった。恥ずかしすぎて。
俺は熱い顔を両手で覆った。


「…おい、俺がお前の体を見たのは不可抗力だぞ」
「アンタはちょっと黙ってなさいよ!!」


ゾロさんが少し申し訳なさそうな声で言う。
ゾロさんに体を見られたことは良いんだ。
いや、むしろ着替えも何もかも男のゾロさんにして欲しかった。
恥ずかしいことには変わりないけど、お姉さん二人にされるよりずっと良い。


「…むしろゾロさんに着替えさせて貰いたかったです…!」


顔を覆ったまま呟くと、部屋の空気が凍りついた。
しかし羞恥のあまり俺はそれに気づかなかった。


「だって俺、男なのに…!!」


顔を上げた時、ゾロさんは唖然とした顔で俺を見ていた。





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あきゅろす。
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