10 休み呆けの人間と言うのは、何故こんなにも浮き足立っているのだろう。いつもより騒がしさを増した教室を拒絶するように読書に耽っていた俺の肩を、誰かが気安げにポンと叩いた。 「よ、久しぶり」 「お前……」 片手を上げてニカッと笑ったのは、確か長谷部の友達の……。 「矢沢だよ。どうせお前名前覚えてないだろう?」 随分ストレートに物を言う人間だ。確かに全く覚えていなかったが、それを直接本人に言うものだろうか。 眉を寄せた俺に悪い悪いと謝って、矢沢はそれでと用件を述べた。 「長谷部の奴、まだ来てないよな?」 「……なんで俺に聞く」 「え、だってお前ら友達だろ?」 こいつも何を言っているんだ。本当に、どこをどう見たら俺とあいつが友達になる!? 「冗談はよせ。俺はあいつが大嫌いだ」 「うへー……そうなんだ。なんかあいつ可哀想」 ぼそぼそと独り言を言っていた矢沢は、まだ何か言いたいらしい。視線をやって早くしろと促すと、言い難そうに口を開いた。 「いや、昨日あいつと遊ぼうと思ったんだけど、なんか用事あったみたいで。美人さんとデートだよ〜なんて言ってたから、お前のことかと」 「ああ?」 「怒るなって! 長谷部がいつもお前のこと綺麗綺麗って褒めてたからさぁ」 それから矢沢はぐっと声量を落として、その場に屈んだ。 「最近さ、あいつ元気ないみたいなんだ。だからちょっと女の子と遊んで、景気つけてやろうと思ったんだけど」 「それがナンパか」 「まぁな」 矢沢は短く切られた頭を掻いて、苦笑を浮かべた。 「お前からもさ、声掛けてやってくんない? 挨拶とかちょっとしたことで良いからさ」 「なんで俺が……」 「あんだけ大好きアピールされてんのにそんなこと言うか? ま、そんなわけで、よろしく頼むわ」 矢沢は俺の返事なんか聞かず、そのまま自分の席に戻った。 俺は今の言葉を反復し、チラリと後ろの机に目をくれる。確かに言われてみれば、昨日の長谷部の様子はどこか変だった。デートが上手くいかなかったのだろうか。 そこでまた思い出す。少し前に長谷部が言っていた処女がどうのという話題だ。好きな人間と何かあったのかもしれない。ああそう思うと、なんてくだらないのだろう。矢沢もほとほとお節介な人間だ。俺は嫌いな人間に声を掛けてやるほど、お人好しではない。それに、何を勘違いしているのかは知らないが、俺の言葉だけで長谷部が元気になるなんてあるわけがない。何故なら、あいつは俺のことを全く信用していないからだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |