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花の悩みB


 蓮見の顔から表情がストンと抜け落ちた。え……? 俺、まずったか?

「蓮……」

 すると蓮見は、無言でシャワーのノズルを回すと、俺に向かって冷水を浴びせかける。

「わっ、は、蓮見〜冷たいよっ!」

 俺はハックシュンとくしゃみをして、ぶるりと背筋を震わせた。

 そしてガチャンと扉が閉まる。

「え……」

 1人浴室に取り残されて、俺はポカーンと蓮見の消えた扉を見つめた。

「蓮見〜ねぇ、ごめん。もう変なことしないから、一緒入ろー。俺、蓮見とお湯に浸かって、色々話したくて……」

 蓮見はもうリビングに行ってしまったのか、俺の声はただ寂しく浴室に反響する。
 怒らせてしまった。嫌がってたのに、俺が無理やりやっちゃったから。恋人同士なのに、相手の気持ちを無視して……。

「蓮見、ごめん……」

 じわりと目に涙が浮かんで、慌ててごしごしと腕で拭う。俺は浴室から飛び出して、タオル一枚を腰に巻き、リビングに走り込んだ。でも、蓮見の姿はない。

「寝室……」

 俺はゴクリと唾を飲み込んで、コンコンと扉をノックした。
「蓮見、ねぇ聞いて。さっきはいきなりごめん。蓮見びっくりしたよね? 俺、ちょっとせっかちだったよ」

 向こう側から返事はない。なんだか足が震えるけれど、それでも俺は懸命に言葉を紡ぐ。

「ごめん、蓮見の気持ちを無視して。俺、自分のことばっかりだった……」

 蓮見が隣にいてくれれば良いって最初はそう思ってたのに、もっともっとってどんどん欲張ってしまって……。
 心臓がズキリと痛む。薄れていた体中の傷跡がじくじく疼く。

「どうして良いか分からなくて。蓮見が欲しいって、気持ちは止まらなくて……でも、健気に可愛くなんて言えなかった」

 だってさぁ、蓮見には俺が初で清純な人間ではないってバレてしまっているんだよ? 他の男とやってるところだって見られてしまった。今更純情ぶることなんてできやしない。自分から強請るなんて、とんだ淫乱だと思われたかもしれないけど、俺、処女はあいつにあげちゃったし、散々慣らされちゃったし、本当に、全部今更過ぎて……。

「蓮見……」

 あのまま流れに任せて抱いてほしかった。それなら、俺の不安なんて喋る必要もなかった。

「蓮見、俺、蓮見に抱いて欲しい……。俺の全部を塗り替えて」

 二ノ宮のことなんて無かった事にするくらい。

「それも俺のワガママなんだよね……」

 はははって、笑っちゃうよ。やっぱり俺って自分のことばっかり。あんなのどこで覚えたんですかー? みたいな手練手管披露して、自分から二ノ宮に媚び売ってたことを教えてるようなものだよ。裸だって初めて見せた。きっと蓮見は心の中で、無数についた傷跡に息を呑んだはずだ。

 蓮見にだって、心の準備が必要だなんて分かってた。前の恋人があんな奴だったし。俺に手を出さないのも、優しさだと思ってる。くすぐったくて、凄く嬉しいよ。

「でも、嫌なんだ……やっぱりまだ」

 怖い……。声には出さないで、俺は手の平を握りしめた。それで少しはこの体の震えが止まってくれたらと思って。

 それは理性ではどうにもならないものだった。
 自分の体を見るのが嫌なんだ。醜くて反吐が出る。この痣が蓮見のつけてくれたものなら、何時間でも飽きずに眺めていられそうなのに。
 未だ夜中に突然目が覚めてしまうのも、とっても嫌。見上げた先に二ノ宮の顔が浮かぶ悪い夢を見てしまうんだよ。最悪じゃない? 普段は意識してなくても、まだあいつに縛られてしまってるんだ、俺って本当に根暗だよ。
 無骨な男の手に服を剥がれ、ベッドに体を押し付けられ、無理やり足を開かれる……やめてと泣き叫べば容赦なく頬を打たれた。
 酷い記憶だ。全部が、ついこの間までの日常。
 でも、飛び起きた後は本気で思うんだ。これが全て蓮見との思い出ににすり替わってしまったらどんなに良いか、って。
 全部、全部、塗り替えてしまいたい。無かったことにしたい……。
 考えだしたら止まらなくて、そんなことが早く起きれば良いなって、ちょっと焦ってしまったんだ。俺からアピールしても、蓮見は全然その気になってくれないし、ちょっと余計に体を触っても軽くあしらわれてしまっていたから。
 毎日、夜が来るのが怖くて、1人で眠るのが嫌だった。蓮見に助けて欲しかった。

 けど、さっきのはやっぱりやり過ぎた。蓮見が嫌がることをしてまで、癒されたいわけじゃない。蓮見が笑ってくれてたら、それが1番幸せなんだもん。
 だからさ、俺はいくらでも待っていられる。我慢とかじゃないよ。押し付けちゃいけない。これは俺の問題だから。

「ごめんね、蓮見。ごめんなさい。もうしないって誓うよ」

 いつか蓮見から誘ってくれたら良いな。ずっとそんなことがなかったら、その時は仕方ない。

「俺、今日は帰るね」

 俺は自分の冷えた体を見下ろして、小さく息を吐いた。この体についた痕が綺麗さっぱり無くなるまで、あとどれくらいかかるのかな……。


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あきゅろす。
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