[携帯モード] [URL送信]
愛と苦悩O


 急に静かになった俺。蓮見も、何かを喋ろうとはしなかった。ただ、蓮見の視線を感じて、俺は手の中にあるマグカップの辺りに視線をさまよわす。

「これ」

 蓮見がタイミングを見計らったように、ローテーブルの上に何かを置いた。見ればそれは、さっき二ノ宮に没収された俺の指輪だった。え……、なんでこれがここに?

「さっき風紀に取りに行った。処理は終わったから、返却する」

 没収されたものが、こんなに早く戻ってきたことなんてなかった。きっと、蓮見が頑張ってくれたんだ。俺が規則違反をしたのが悪いのに、蓮見はただでさせ忙しいのに……。

 ――蓮見に迷惑かけちゃダメだよ

「……っ」

 鉛を飲んだように胃が重たくなった。まさにズーンって感じ。耳の奥で、花村優希の声が聞こえる。蓮見に迷惑かけちゃダメ。本当に、その通りだ。

「ごめん……」

「気にするな」

 蓮見は何でもないことのように言って、ピアスやミサンガも机の上に置く。ああ、こんなにあったんだーと思って、また凹んだ。

 ダメだ、変わらなければ。蓮見に迷惑を掛けたくない。

 ――どうせ、鬱陶しがられるだけだ

 そうだ、鬱陶しいと思われたらおしまいだ。今からでも遅くない。蓮見にふさわしい人間になれるよう頑張らないと。
 テーブルの上に置いてあったアクセサリーの類をかき集め、リュックの中につっこんだ。家に帰ったら全部捨てようと思って、扱いもいつになく乱暴。
 蓮見にしてみれば、俺の行動はちょっと変だったみたい。首を傾げて「つけないのか?」と聞いてくる。俺は曖昧に笑ってはぐらかそうとした。

「うん、気分じゃないから」

「似合ってるのに」

「そうかなー? えへへ、嬉しー」

「本当だぞ」

 蓮見の声がとても真剣だったので、また心臓がドキリと鳴る。そして、首に大きな手が回った。

「へ……?」

 気が付いたら、蓮見の腕の中にいた。ソファに凭れた体に、俺がのし掛かってる体勢で。

「は、蓮見?」

 頬を蓮見の胸に押しつけるようにしているから、蓮見の表情は見えなかった。ただ、髪を大きな手が優しく梳いてくれていて、怒ってはいないんだなって分かった。
 蓮見のシャツからは洗濯物の良い匂いがした。ソファからも清潔な匂いがする。ああそっか、なんでこんなにドキドキするか分かった。この部屋、蓮見の匂いがするんだ。
 なんだかよく分からなかったけれど、蓮見の腕の中が気持ち良すぎて、そのまま大人しくしていた。ひとしきり髪を撫でると、蓮見はゆっくりと体を起こした。そして俺の頭を捕まえて、俺の目を見る。真っ黒な目は、どこまでも澄んでいて、心まで見透かされそうだった。

「俺は、そのままの花が好きだ。っていうか、どんな花でも大好き」

 蓮見は一体何を言っているんだろう。一瞬、理解できなかった。思わず視線を下げてしまう。

 ――俺のこと、好き?

 夢ではちゃんと聞いたのに、現実の蓮見は、言わなくても好きって言ってくれるんだ。

「花は、俺のこと好き?」

 もう一度視線を上げると、さっきよりも近くに蓮見の顔があった。真面目な顔をして、俺をまっすぐに見ている。なんだか胸がいっぱいになって、唇を噛んだ。

「好きっ」

 胸に溜まったものが溢れてきてしまいそうだ。だから、本当に短く叫んだ。それでも蓮見は嬉しそうにくしゃりと笑って、俺の体を抱き締めた。

「花、大好き」

 呪文のように何度も好きと呟いて、あやすように背を撫でられる。
 なんで、蓮見は俺を喜ばせることばかりするんだろう。本当、堪えるのが大変だ。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!