愛と苦悩F
「う、う……そんな、こと」
中学生の俺が、嗚咽を漏らしながらゆっくりと顔を上げた。どきり、と心臓が跳ねる。
「そんなこと、あんたに言われたくない」
泣いていたはずの俺は涙一つ見せず、冷めた目でこちらを見つめていた。
「鬱陶しくて捨てられるのは、あんたも同じだ」
「は?」
驚く俺の前で、こいつはニヤリと笑った。
「蓮見は俺に同情してるんだよ。それを恋愛感情と勘違いしてるだけ。彼の愛を真に受けちゃダメだ」
勝ち誇ったような顔で、とんでもないことを言う。
……なんか、ムカついてきた。俺は蓮見を信じてる……っていうか、蓮見は同情で付き合うなんてことはしない。もっと、誠実な人だ。
「蓮見に鬱陶しいって言われて、ショックなのは分かるけど、今現在の俺達のことをとやかく言うなよ」
相手が昔の自分だろうが、これが夢だろうが関係ない。俺は花村優希を見下ろして、いかに蓮見が素晴らしい人か力説しようとした。
だがそれは、後ろから伸びてきた手によって阻まれる。
「子供相手に怒んないの」
「げ……っ!?」
首や肩に腕が巻き付いて、後ろに引っ張られる。もやしっこの俺は、そのまますっぽりと男の腕の中に収まってしまった。聞こえてきた声に、背筋をぞぞぞと悪寒が走る。後ろを向くと、悪魔が笑っていました。
「……なんで夢にまで出てくんだよ」
「優希が俺のこと恋しいって思ってるからじゃない?」
「うえー。俺は蓮見に会いたいよ!」
俺の脳みそはどこまでも阿呆だ。なんで蓮見じゃなくて二ノ宮が出てくるんだ。自分の夢なんだから、好きな人に会わせてくれたって良いのに。
「盲目の恋は報われない。そんなんじゃ、本当に蓮見君に愛想を尽かされちゃうね」
うるさいなぁ。本当に余計なことしか言わないんだから……。
でも、ちょっと当たってるかも。いや、蓮見は誠実な人だけど、ずっと俺達が好き合ってるかは分からないから。
「優希は自分に自信がないから、相手にも執着しない。蓮見君に捨てられても、仕方ない、自分に魅力がないからだって思うんだろ? 全部諦めてる」
「んー? それのどこがいけないの。調子乗るより、謙虚で良いじゃない」
「君の場合は卑屈なだけ。根暗で嫌になるね、その性格。そんなんじゃ、蓮見君に嫌われちゃうよ」
「うっさいなぁ」
肩を掴まれてるから動けない。足は大丈夫だから、指を踏んずけてやろうかな。
二ノ宮と話している内に、昔の俺は消えてしまった。代わりに、ガヤガヤと周りが騒がしくなる。それでも、二ノ宮の声はちゃんと聞こえた。
「俺は、そんな優希が好き。臆病で、無欲で、底抜けのお馬鹿さん」
なんて楽しそうに言うのだろう。趣味が悪すぎる。
「俺は大っ嫌い」
べぇって舌を出して、反撃を試みた。頑張って足を振り上げて、反動をつけたまま踵を蹴り付ける。狙うは弁慶の泣きどころ!
だが、俺の渾身の蹴りはすこーん、と空振った。勢いを殺せず、前につんのめってべしゃりと転ぶ。
「ええ?」
後ろにいたはずの二ノ宮が消えていた。
「くそー、夢の中でくらい殴りたかったのに」
勿体無いことをした。次に出てきたら、問答無用で殴ってしまおうそうしよう。
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