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愛と苦悩E

 バイト中もいつも以上に張り切っていたけど、全然疲れなかった。るんるんと機嫌良く帰宅すると、もう時計の針は夜の二時を指している。放課後蓮見の部屋に行けるかと思うと、ドキドキしてしょうがなかった。
 それでも、働いて疲れた体は休息を欲している。ベッドに入った途端、俺はすぐに眠りに落ちた。
 不規則な生活のせいか、いつも浅い眠りしか得られない。頭の一部が起きているような気がするんだ。
 今回も、眠っているのに、意識があるような、変な感覚がした。水の中を漂っているような、柔らかくて、冷たい感じ。
 目を瞑り、子供のように丸まって、シーツに頬を押し付けた。耳元を、人の声が掠めていく。

「……なんで」

 最初に聞こえたのは子供と、女の人の声。そこに、低い男の声が重なる。

「君は不満しか言わないな」

「そんなことないでしょ」

 男は機嫌が悪そうで、女は酷く心細そうだ。
 うるさいなぁ。人が寝てるのに、何を話してるんだろ。でもなんか、聞き覚えのある声だな……。
 男女に混じり、また、子供の声がした。

「なんで? 俺が学校辞めれば良いんじゃないの?」
 この台詞……覚えてる。
 目を開けると、遠くに人影が見えた。あれ、こんなに部屋広かったっけ? 教室くらいありそうだ。そんな馬鹿な。
 俺はすぐに、これが夢だと分かった。だってあの人影は、現実なら有り得ないものだったから。

「優希のせいじゃないの」

「でもっ」

 中学生の俺が、お母さんに向かって何かを訴えていた。そうだ、学校辞めるから、お義父さんと別れないでって、言いたかったんだ。あの時の俺はもう無理だって分からなかったから、お母さんを傷付けるようなことを言ってしまった。
 一度壊れた仲は戻らないんだって。お母さんが泣きながら謝るから、どうして良いか分からなかったけど、何故かそのことがずっと心に残ってた。

「言わなきゃ」

 中学生の俺が、何かを決意したように手を握り込む。景色が変わり、放課後の校舎が現れた。
 誰もいないガランとした教室を飛び出し、俺は一気に武道館の前まで走って、それからずっと、その辺りをうろうろと歩いていた。時間が経って、部活帰りの生徒がちらほら現れると、緊張がピークに達したのか、顔色がどんどん悪くなっていった。
 こんなんで大丈夫なのかな、俺。まぁ、結果は知ってるけど。
 武道館の入り口から、一年生の集団が出てきた。幼い俺は、それを穴が開くほど見つめる。黒い群の中に蓮見を見つけて、無意識に走り出した。そうそう、早くしないと蓮見が帰っちゃうよ。

「蓮見!」

 こんなに大きな声を出したことなんてない。蓮見に気付いてもらいたくて、一生懸命叫ぶ俺。その姿を後ろから追いかける、今の俺。
 ああ、嫌な夢だな。そう考えてたら、俺が盛大に転けた。バカだな、とちょっと笑っちゃった。蓮見は全然面白くなさそうだけど。その顔で、言うことはどこまでも凄いんだ。

「鬱陶しい、お前」

 中学生の蓮見が、中学生の俺に吐き捨てる。言われた俺は、しばらく意味が分からなくて放心状態。その隙に、蓮見はさっさと帰ってしまった。
 もーこれでもかってくらいバッサリだった。俺の恋心とか蓮見に抱いていた友情とか、風船みたいにしゅーんと萎んじゃった。
 中学生の俺は転んだ姿勢のまま、情けなく泣き始めた。あまりにも惨めな姿に、ちょっと同情した。今の俺は、割と平気だ。なんか言われ慣れちゃったんだよね。鬱陶しいなんて、まだ可愛い方だと思うよ。高校生になった蓮見の方が、口悪かったから。
 それに、しくしく泣く花村優希の姿を見てると、俺だって鬱陶しく思っちゃうよ。泣いちゃ駄目だよ。蓮見が困っちゃうじゃん。気持ちは分かるんだけどさ。
 俺は夢の中だと言うのに、昔の自分を真面目に慰めた。

「最初から高望みしなければ良かったんだよ。全然話したことないくせに、何でこんな時だけ会いに来たの。蓮見に迷惑かけちゃ駄目じゃない」

 あれ、慰めになってない?



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