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昼休みA

「あー来たか……」

 そいつは廊下にいる奴らを震え上がらせ、ゆっくりと教室に入ると、真っ直ぐにこちらに歩いてきた。ハセの大好きな怜悧な瞳が、いつも以上に尖って見える。ああ、恐え恐え……。

「こんなところにいたのか」

 蓮見は長い溜息を吐くと、周りに鋭い視線をやった。さっきから不躾な視線をやっていたクラスの連中が、途端に逃げていく。さすがだ。
 俺は変な誤解をされる前に、自分から事情を説明することにした。

「あのでっかい1年生に見つからないようここに匿ってたってわけ。だから、そんな怒るなよ」

「怒ってない」

「ハセだって疲れてんだよ。お前が怒ってたら、安心して居眠りもできないだろ」

「だから、怒ってねぇ」

 蓮見はむっと口を引き結んだ。明らかに不機嫌だ。

「花、起きろ」

 そしてハセの肩を揺らして、起こしにかかる。しかしハセはよほど眠いらしく、目を開いた後も半分寝ぼけていた。

「うーん……はすみー? なんでいるの? ふああ……」

 大きなあくびをして、暢気なものだ。俺はいつ蓮見がキレるか気が気じゃない。何故ってそりゃあ……。

「その頭、自分でやったのか?」

「ん?」

 蓮見が笑いながらハセの頭を撫でた。何をやったかって、そりゃ、あれだ。朝とは違うハセの髪型に、目敏い蓮見が気付かないわけがない。

「え、ええとー自分で、やった……」

 段々意識がはっきりとしてきたらしいハセが、しどろもどろに答えた。不審すぎるぞハセ。しっかりしろ、俺のために。

「似合うかなー?」

 コテンと小首を傾げてしなを作って、なんとか誤魔化そうとしている。全然可愛くないぞ、ハセ。日本男児が何をしてるんだ。
 だが、予想外に蓮見はこの攻撃に弱いらしい。頬が緩んでんのが丸分かりだ。意外と単純な奴だな。

「ああ、似合うよ。可愛いな」

「そ、そう?」

 頭を撫でられて、ハセは恥ずかしそうにチラチラと蓮見を見ていた。そんなハセの反応に蓮見はデレデレと相好を崩す。幸せオーラを全開にして花を飛ばしまくってるカップルの破壊力ってのは相当のものだ。
 周りを見回せば、俺達の周りから人が消えていた。壁の近くで遠巻きに様子を伺っている。ちょっと大袈裟じゃないか? 確かに胃に悪い奴らだが、そんなに警戒しなくても……。

「お前らもう帰れよ。鐘鳴るぞ」

「あ、本当だ」

 俺の言葉に素直に頷いて、ハセが席を立った。そして座ったままの俺にそっと耳打ちする。

「さっきの話だけどさ、やっぱり笑っている蓮見が一番格好良いと思わない?」

「……あっそ」

「ふふ。髪ありがとね……うおっ」

 ハセの体が離れた。蓮見が腕を引っ張ったのだ。

「近い、離れろ」

 蓮見がまた怒り出しそうだったので、すかさずハセがぴたりと蓮見の横につく。

「もう離れちゃったよー」

 そして蓮見に抱きついた。何やってんだ……。

「代わりに蓮見にくっつこうと思って」

「こんなことで、誤魔化されると思うなよ……」

 そう言いながら、しっかりハセの背中に手を回すあたり、誤魔化されてるな、蓮見。

「それに、やっぱりその頭、矢沢がやったんだろ!」

「きゃーバレてるっ」

「きゃー、じゃねぇ! んな無防備に寝るなって何度も言ってるだろ!」

「だって眠くてー。んーまた寝ちゃうー」

 くかーっと分かりやすい寝息を立てて、ハセが蓮見に凭れかかる。正面からぴったり抱き合った姿勢で、蓮見はぎりぎり怒ってて、ハセはへらへら笑いながらそれを流している。なんて光景だ。

「もういい加減にしておけよ、お前ら……」

 ぼやき声は、残念ながら2人には届かなかった。漫才のようなやり取りは未だに続いている。怒る蓮見にしがみつくハセは何だか幸せそうだ。怒られて嬉しいなんて、やっぱりハセは変わっている。ま、だからこの2人は上手くいってるんだろうな。

「お前ら本当、退屈しねーな」

「あ? 何か言ったか矢沢」

「矢沢君、油注ぐの止めてよねっ」

「あーはいはい」

 同じタイミングで俺を睨みつけた2人がおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。

【おわり】


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