19 「嫌って、誰に言ってるの? 抱いてと言ったのは、君の方だろう?」 「……っ」 なんだって? 俺は耳を疑ったが、言葉に詰まっているような長谷部は、それに否定も肯定も示さない。二ノ宮は更に畳み掛けるように次々と言葉を紡ぐ。 「忘れちゃったの? いつも、確認してるじゃない。ああ、それならもう良いよ。俺も気持ちがない子を抱くなんて興醒めだ。もう、これっきりにしようか?」 そして体を引き、長谷部の中から自身を引く抜く。そこで、明らかに長谷部の様子が変わった。上半身を起こし、焦ったように、二ノ宮の腕を掴む。 「ご、ごめんっ……嫌とかもう言わないから、だからっ」 カーテンの隙間から長谷部の顔が見えた。金色の髪の毛から覗く肌がほんのり赤くなり、涙で頬が濡れている。二ノ宮はその頬を両手で覆い、ピタリと視線を合わせた。そうなると、長谷部の視界は固定され、俺に気付くことはない。 2人だけの世界を作り出し、二ノ宮はにこりと甘く微笑んだ。 「だから、何?」 「……っ、も、もう1回シて」 「何を?」 「センパイの、俺の中に挿れて……」 「無理しなくて良いんだよ。痛いんでしょ?」 「大丈夫だからっ。センパイの、ちょうだいっ」 そう言った長谷部は、本当に俺の知っている長谷部なのだろうか。自ら男に口付けて、必死に行為を続けようとしている。まるで二ノ宮に見捨てられるのを恐れているかのように、その姿はひたむきで、健気とさえ言えた。 俺は頭を殴られたような衝撃に、一歩、体を引いた。 今はっきり分かったこと。長谷部は、二ノ宮のことが好きなのだ……。 「良い子だ……こっちへおいで」 「んっ」 手を引かれ、長谷部は素直に二ノ宮の膝の上に跨った。そして一度身を震わせて、決心したように腰を沈めていく。 この状況で二人が何をしているかなんて、見なくても分かる。男の手が長谷部の細い腰を引き寄せ、太ももや臀部を無遠慮に撫で回す様は、本当に悪趣味で吐き気がする。 「はぁッ……せ、んぱ」 俺の存在に気付くことなく、長谷部は喘ぎながらも、猛る男をどんどん体の中に埋め込んでいった。縋るように二ノ宮の肩にしがみつき、熱に浮かされた声で相手を呼ぶ。それに応えるように二ノ宮が口付けて、長谷部の内股を撫で、力任せに割り開いた。 「アア――ッ!」 支えを無くし落ちた体は、一気に凶悪なものに貫かれた。相当痛みが走ったのか、もはやその口からは苦痛の声しか漏れていない。二ノ宮は長谷部の首筋に口付け、腰を上下に揺さぶった。その度に、長谷部が小さな悲鳴を上げる。 「ほら、ここ、好きでしょ」 「う、ぁ、っあ……ひっ……ッ」 「あはは、締まった」 二ノ宮はまるで目の前の獲物をいたぶって遊ぶ猛獣だ。そこに、相手への配慮なんて微塵もない。 それでも、長谷部は行為を止めようとはしなかった。悲鳴を噛み殺しながら、震える腰を上下に揺すり、目の前の男を満足させようと動くことを止めない。 それほどまでに、この男が好きだと言うことか……。 体は無意識に出口へと向かった。戸を閉めた時、手が驚くほど震えているのに気が付いて、そこで初めて自分が大きなショックを受けていることを知る。 当然だ。知り合いの、しかも男との情事を目撃しては……。 「いや、違う……」 心に去来する想いに戸惑った。忙しなく脈打つ心臓が、何にびくついているのか。ぐちゃぐちゃと回る思考が、何を求めているのか。どうして、目の奥がこんなに熱いのか。 この混乱の原因は、嫌悪や苛立ちが大半を占めていると思った。けれど違った。この感情には、嫌と言うほど覚えがある。 俺は後悔していたのだ。そして、酷く悲しかった。何かを壊してしまったかのような喪失感。心にぽっかりと穴が開いてしまったかのように、虚しさが募る。 何故、なんで、俺は……。 訳がわからぬまま、俺は拳を握り締めた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |