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 国営博物館は、ヒンメル王国の文化、歴史、王家の繁栄を収めた巨大な施設だ。収蔵品は2万点に上り、絵画、彫刻、遺跡、宝物、歴史書など、多彩な品目を有する。
 昔の偉人が残したという空飛ぶ舟の設計図を見て、ユリアンは首を傾げた。

「これは実用化されないのか。できたら便利だろうに」

「魔導師の登場で、科学の分野はあまり流行らなくなっちまったんですよ。手っ取り早いですからね、魔法ってのは」

 ヨハンの言葉に、「そう言うものか」と言いつつも、ユリアンは納得しかねるようにその設計図を見つめていた。
 博物館のメインは、世界各地から集めた美術品だ。そして、今回完成した第6棟は、王家の歴史も収蔵されている。

「アルタヤの奇跡。マージの凱旋。神の告知……」

 長い廊下には、巨大絵画が並べられ、歴戦の勇者が描かれている。いくつかある小部屋には、各地からの戦利品。1つ1つ見ていけば、日が暮れてしまうだろう。
 蛇が柱に巻きついているのを、ジュリオが興味津々に見つめた。

「大理石……ではないね。なんだろう」

「それは人の血を固めて造ったものですよ」
 初老の上品そうな男性がそうジュリオに話しかける。彼はこの博物館の学芸員で、今回の案内役を引き受けている。ジュリオの車椅子を押すヨハンはびっくりしたように目を見開いた。

「血の蛇って……それじゃあこれはラバラン教に関係してるとか?」

 アーベルが視線を上げた。蛇の近くにある絵画には、女の顔を持つ大蛇と、それを背にして立つ戦士が描かれている。タイトルは黒き神。

「ラバランって?」

 初耳だったらしいジュリオに、ユリアンはふふと笑ってみせる。

「母上はお前を腹に宿したまま戦ったのだ。私達は城で留守番だったというのに、兄弟でお前だけがあれを肌で感じたのだぞ」

「え、何?」

 ジュリオは益々分からないと、ヨハンを見上げた。

「ま、あれです。侵略戦争ですね」

「人聞きが悪いぞヨハン。あれは、邪神がだな」

「あ、思い出した!」

 ジュリオが珍しく大きな声を出す。ユリアンとヨハンが目を丸くしたのを見て、何て大袈裟なんだろうとアーベルは苦笑した。

「赤い目の黒い蛇。死者蘇生の秘術……って、昔絵本があった気が」

 ジュリオは頬を染め、もじもじとして下を向く。
 それは、まだ彼が生まれる前にヒンメル王国が戦争を仕掛け、占領した小国の話だ。
 ラバランの王家は不思議な呪術を使い、魔女と恐れられていた。皆褐色の肌を持ち、黒髪黒目だったことも、彼らの不気味さを増長させた。黒は昔から不吉な色とされ、忌み嫌われていたのだ。
 彼らを援助しようという国は、結局現れなかった。王家は全員自害。仕えていた兵は、みんな逃亡したと聞く。

「ラバランは死者蘇生を信じて、このように死んだ人間の血を固め装飾にする文化がありました」

 学芸員の言葉に、ジュリオは顔を青くする。こうした不気味な伝統も、ラバランが忌み嫌われた原因の1つだ。

「いやでも、俺達も神の血とか飲んだりしますよね」

「あれはワインだから良いんだろ」

 ヨハンとユリアンの漫才に、学芸員も苦笑を返す。ユリアンのような若い世代にとって、ラバランとは身近な存在ではない。彼らの恐ろしさよりも、自国の武勇伝の方が興味をそそるのだ。

「母上は勇敢に戦われた。お前を腹に抱えながらな」

「ひー恐ろしい人だ」

 ヨハンが天井を仰いで溜息を吐いたのに、ジュリオは楽しげに笑う。
 言い合う3人に目を細め、アーベルは近くの小部屋に足を進めた。そこにあるのは、邪神を祭ったというラバラン国の芸術品だ。板に描かれた蛇には、どれも女の顔がついている。赤い目に黒い髪を振り乱す様は恐ろしいが、ラバランの民は皆この絵を飾り、毎日お祈りをしたという。

「憐れなことだ……」

 大国の前には神もなかった。
 一国の滅亡を感じさせる部屋は薄暗く、廊下で騒ぐユリアン達の周りだけ明かりが灯っているようだ。

「馬鹿馬鹿しい」

 自分だけ別の場所に立っているかのような疎外感。それを振り払うように、アーベルは赤目の女に背を向けた。



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