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誰も残っていないのか、建物の中は静まり返っている。
「以前、騎士様もこちらに1人でいらっしゃった」
「アーベルがか?」
「はい。レオネッロの壁面をずっと見つめてらした」
ユリアンは胸に手を当て、ロザリオを握り締めた。アーベルはずっと悩んでいたのだ。気付いてやれなかったことが悔やまれた。
パウロが案内したのは、博物館の地下倉庫だった。そこには普段表に出ることの無い貴重な宝物や資料が、山のように収められている。まさにヒンメルの、いや、世界の宝だ。
壁に取り付けられた数個のランプだけでは、充分な明かりを得ることはできなかった。けれどパウロは慣れた動作で、所定の棚を迷いなく開ける。そして、そこから象牙で出来た美しい箱を取り出した。
「これを……」
丁寧に開けると、そこにはシミだらけのパピルスが、何層にも重なった状態で収められていた。そこには何か文字が書かれていたが、生憎ユリアンには読むことができない。
「ここにはラバランの王族から、フォルモンド王家に助けを求める文章が書かれています。独裁を続ける軍を打ち破り、民を助けてくれと」
「真か……」
ユリアンは喜びで手を震わせる。
王家からの正式な申し出ならば、アーベル達はこの地に招かれた形になる。ヒンメルはそれを受け入れ、彼らを保護する役目があり、それを隠していたともなれば、諸国からの批判は免れ得ないだろう。そして、ラバランというだけで処刑されかかっている憐れな男を、助けてくれるかもしれない。
もちろんユリアンとて、そう易々とことが上手くいくとは思わない。けれどこれを証拠にクラウスに詰め寄って、真の下手人を探すよう求めれば、アーベルは救われるはずだ。
「早くこれを」
ユリアンはそっと象牙をとりあげた。ヨレヨレの書簡をじっと見つめる。そして、ふと思う。
「ラバランは、15年前に滅びたのだったな」
「はい、そう記憶しております」
「ならばこれは、15年前のものだな」
口に出せば、疑念が益々深まる。書簡は手で触れれば脆く崩れ去りそうなほど劣化していた。いくら耐久性に優れていないパピルスと言っても、15年でこうもボロボロになるだろうか。パウロに疑問を投げかけようと、ユリアンは顔を上げた。
その瞬間、首筋に冷たい金属が当たる。
「貴方はこれを、世間に広めなければならない」
細い刀身がランプの光で輝いた。鋭利な刃は少し動かしただけで人の肉を切るだろう。
ユリアンは険しい顔でパウロを睨みつけた。
「……貴様」
「純粋な方だ。まさか護衛の1人も連れないでこんなところに来ようとは。いや、そもそも市中は安全と高をくくっていたのですかね」
パウロは柔らかな瞳はそのままで、固まったユリアンの手から書簡を取り上げた。そして、顎で上に行くよう指示をする。
ユリアンは、己の迂闊さを呪った。
「ラバランの書簡は嘘だったのか」
「はい、そうです。貴方があまりにも必死だったから、可哀想になりましてね」
背中にレイピアの切っ先を当てられたまま、ユリアンは第6棟の大広間まで来た。天井のステンドグラスが月明かりに輝いて、神聖な空間を作り出している。そこに酷く場違いなものを持ち出して、パウロはあの壁画の前までユリアンを連れていった。
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