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「外したか……」
ユリアンの方も無傷ではなかった。銃を見て反撃に出たパウロに右のふくらはぎを突かれてしまった。だがユリアンは足を引き摺りながらも、パウロを挑発するようにニヤリと笑った。
「貴様ああああ!!」
狂ったような奇声を上げて彼が振り向いた……その刹那。
ゴツ……と鈍い音がして、彼の頭にロザリオが直撃する。大した衝撃ではなかったが、それで充分だった。
「ぐあっ」
ユリアンの銃弾が彼の手を貫き、剣を取りこぼしたパウロは地べたを這った。まだ諦めるかと、また別の手を伸ばすが。
「――!?」
彼の手が届く前に、蹴られた剣はガラガラと床を滑り、壁にこつんと当たって止まった。ゆっくりと視線を上げると、そこにいたのは黒髪の美丈夫。騎士の紋章を胸につけ、きつい眼差しでパウロを睨みつけている。
「アーベル!?」
ユリアンは信じられないと彼を見上げた。アーベルは重い拳を振り下ろし、パウロを殴り飛ばす。老いた体は簡単に吹っ飛んで、愛する壁画の下で伸びてしまった。
「殿下!」
アーベルはすぐさまユリアンの前に跪き、彼の怪我を見て顔を青褪めさせた。
「なんて無茶を……本当に、私の心臓のことを思いやって下さいっ」
アーベルは自分のマントを裂いて作った布切れで、ユリアンの膝をきつく縛り止血を施した。ユリアンは呆然と彼を見ていたが、痛みに我に返ると、凄い力でアーベルの腕を掴んだ。
「何故っ、お前は牢に」
「ええ、ユリアン様のおかげですよ」
柔らかく微笑んだアーベルが、ユリアンの体を抱き締めた。
「震えていますね。怖かったでしょう……」
そう言うアーベルだって震えていた。そして、ユリアンの肩がじんわりと濡れていく。「アーベル?」と心配で声を掛けた時だ。
「熱いなあ……俺も一応いるんですけど」
「仕方がない。若い者は時の流れも早いからな。東洋ではたった1日が千年のように感じたりするらしい」
「へー忍耐力ないんですかねえ」
「…………」
アーベルがそっとユリアンから身を離した。彼の肩越しで好き勝手なことを言う男達に、ユリアンはわなわなと震える。
「な、何故お前達が……っ」
ヨハンは「ごめんなさい」と手を合わせ、お前呼ばわりされた兄は兵達にパウロを連行するように命じた。
「どうにも怪しいやつだったんだが、なかなか尻尾を出さないんで一芝居打ったんだ。下手人が捕まり処刑されるとなれば、気が大きくなって行動しやすくなるかと思ってな」
「な……それでは、アーベルは」
「いきなり処刑など、この国であるはずがないだろう。お前が単純で助かったぞ。その上真犯人を上手く誘い出すなど、兄には真似できん」
そう言って、勇敢に戦った弟に、クラウスはいつものように拍手を贈り、愉快愉快と笑っている。
怒髪天を貫くというように、ユリアンは足の痛みも忘れ立ち上がって兄に詰め寄った。
「貴様、なら何故アーベルを拷問などとっ」
「ラバランであったことを隠していたのだ。万が一邪な考えがあったとしたら大変だろう」
「アーベルがそんなことをする訳がない! 絶対楽しんでいただろおおお!!」
絞め殺さんと兄の襟をぎりぎり掴むユリアンを、アーベルがやんわりと押し留めた。頭を撫でて、その震える拳に手を添えると、ユリアンはアーベルの方を向かざるをえない。
「私は大丈夫です。だから、どうぞお気を鎮めて下さい。お体に触ります」
そう困ったように言われて、ユリアンは渋々手を放す。だが、クラウスを睨みつけるのだけは止めなかった。
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