[携帯モード] [URL送信]
31

 錆びた金具が不気味な音を立て、開かれた扉から夜風が入り込む。
 ユリアンはハッとなって後ろを振り向いた。扉に背も垂れた兄は笑みを浮かべ、感動の主従愛に拍手を送っている。

「羨ましいことだ。ヒンメル人同士でもこうまで信じ合えはしないだろう。本当に残念だよ、ラバランでなければ、最高の従者だったのに」

「兄上……ッ」

 ぎりぎりと拳を握り締める弟を一瞥して、クラウスはふっと笑みを零す。体をずらすと、ゆっくりと出口を示した。

「最後の会話はもう済んだだろう。お前にはどうすることもできない。大人しくしていろ」

「最後……?」

 ユリアンは愕然と目を見開いた。そして、なんのことだとアーベルを振り返る。もう彼は影の中に身を潜め、じっとクラウスを見つめていた。

「取引したんだよ。大人しく斬首に処されれば、愛する主の罪は不問にすると。知らぬこととは言え、裏切り者をこの城に招きいれたのは、ユリアン、お前の罪だ」

「なんだとっ」

 ユリアンはギリッと奥歯を噛み締めて、クラウスを睨み付けた。そして、太股に手を伸ばす。

「殿下!」

 驚くアーベルの目の前で、ユリアンは兄に銃を向けた。

「アーベルが下手人のはずがないと言っただろう!」

 ピタリと銃口がクラウスの心臓に向いている。だが相手はひるむどころか、涼しい顔でユリアンを見返した。

「その銃、まだ開発段階だったな。照準はちゃんと合っているのか?」

「この距離なら、外しませんよ」

「そうか。それならば撃て。まぁ、そんなことでは何も変わらんがな」

「うるさい!」

「誑かされていたお前の言など誰も信じん。現に、女王陛下は私の言葉をお聞き入れなさり、薄汚いラバランの処刑を命ぜられた」

 クラウスは口角を上げると、入り口から離れユリアンの方へゆっくりと歩み寄る。 

「確かその銃は2発しか入らんのだったな。ちょうど2人分だ。どうせなら、お前の手で引導を渡すか」

「よくもそんなことが言えますね……」

 憎しみの宿った目で睨みつけてくるユリアンに、クラウスは笑う。そして手を伸ばした。ユリアンの銃を上から包み込むように押さえつける。

「さあ撃て」

「!」

「できんのか。人を殺めなければ護ることもできんぞ。この腰抜けめ」

 言いざま胸倉を掴まれて扉の外に押しやられ、ユリアンは尻餅をつく。無常にも扉は閉まり、ユリアンの視界からアーベルが消えた。

「アーベル!」

 急いで取っ手を握ったが、内側から施錠されてしまったのかびくともしない。古い木製の扉は下の方はねずみが食ったような穴が開いていた。ギシギシと頼りなく鳴って今にも壊れそうなのに、ユリアンはこじ開けることができない。非力な自分を、この時ほど呪わずにはおれなかった。
 中では唸る鞭の音と、くぐもった男の呻き声が絶えず上がる。ユリアンの目の前が赤く染まる。体中の血が沸騰したように熱くなる。腹の底から重苦しい何かが這い上がってきて、頭の中をぐらぐら揺らす。

「アーベル、アーベル!」

 喉が潰れる勢いで叫び、手に血が滲むほど扉を叩く。前にもこんなことがあった。あの時もユリアンはアーベルを助けられず、彼は自力で自分の下に戻ってきた。だが今は鎖に繋がれ、自ら死を選ぼうとしている。

「ユリアン様!」

 騒ぎに気付いた衛兵が、ユリアンを扉から引き離そうとした。その手に捕まる前にユリアンは駆け出して、階段を一気に下り廊下に飛び出した。そして、衛兵が追ってくる前に、古い戸を閉めて鍵をかける。
 閉じ込められたと知った兵は必死に扉を叩く。ユリアンは時間を稼ぐため、廊下の隅に置かれた重たいアンティークのテーブルを持ってきてバリケードを作った。そして脱兎の如く駆け出した。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!