24 アーベルが目を覚ますと、小さな窓からは光が零れ、小鳥達が楽しそうに歌っていた。 「夢……?」 そっと視線を移動させるが、あのロザリオが見当たらない。そうか、あれは夢だったのかと、アーベルは心底ほっとした。 いつの間にか朝が来ていたようだ。身じろぎしようとして、体に走った激痛に動きを止めてしまう。体の下には薄い布しか敷かれていなかった。固い地面に背を擦り、腫れあがった傷が熱を持ち始めている。まずいな……そう思ったら、頭上で暢気な声がした。 「おー起きたか? おはよー、って言っても、もう昼だけど」 「…………」 格子の向こうで椅子に腰掛けたヨハンが、にこやかに手を振っていた。 「初っ端から相当酷かったようだな。それでも顔を狙わないところが1の王子らしい……」 「何しに来た……」 「もちろん、お前から話を聞くためだよ」 ヨハンは笑顔を引っ込めて、真剣な顔を作り出す。そうするとふざけた雰囲気が消えて、本来の騎士としての姿が露わになる。 「アーベル、俺はお前が本当に裏切り者だって思っちゃあいない。3の王子に対するお前の忠誠は本物だ。だから教えてくれよ。仲間はどこだ」 アーベルは眉を寄せて、元同僚を見つめる。 「知らない。あの侍女とは面識がなかったし、俺に仲間などいない。母と2人で国を逃げ出して、今では1人きりだ」 「……だよなぁ。はーっ」 ヨハンは盛大に嘆息して頭を掻いた。 彼にはアーベルの言葉が偽りでないと分かる。だとすると、余計にいけない。 「手がかりがねぇ。だが、お前が捕まったことで、何かが動くかも。案外クラウス様の目的はそっちかもしれないな」 「どういうことだ」 「王子を狙って、また誰かが……」 ヨハンは呟いて、頭を振った。 「アーベル、俺を恨んでるか?」 「…………」 「睨むなって」 ヨハンは肩を竦める。 「クラウス殿下に言われたってだけで、お前にひっついてた訳じゃねぇんだけど……って言っても、信用できないよな。でも、お前もこれで怯えることもなくなるだろ」 「何のことだ。遠回しに言うなんてお前らしくないぞ」 「……肌身離さず剣を持ち歩くくらいだ。こうなることは、薄々分かってたんじゃないのか」 「まさかお前に感づかれるとは思わなかったがな。いつもふざけたフリばかりして。お前、役者になれるんじゃないか?」 アーベルが口角を上げたので、ヨハンは口を閉じた。そして去り際、格子の隙間から白いシャツを放る。 「それ着とけよ。お前の一張羅」 それは、ユリアンから貰ったお気に入りのシャツだった。 「こんなところに持ってきて、汚れたらどうする!」 「はー……。そんなことより自分の身を心配しろよ。今日は冷えるらしいからな」 ヨハンは苦笑して扉を閉めた。 彼はずっと、アーベルの動向を監視していたのだ。クラウスは毛色の珍しいアーベルの出自を調べ、独自にその尻尾を掴んでいた。裏切り者の存在をアーベルに教えたフェリクス王子も、彼の差し金だ。そうすれば、アーベルが何か行動を起こすと思ったのだろう。 ずっと自分は、手の平の上で踊らされていたと、アーベルは昨日の晩クラウスの口から知った。 けれどアーベルに悔いはない。楽しく踊れた、それくらいに思っている。ただ1つ心が痛むとすれば、自分を最後まで信じていただろう主のことだけだ。 アーベルはシルクの布に頬をあて、大きく息を吸う。そうすると、仄かに甘い香りがした。 「――最後のチャンスをやる」 脳裏に、クラウスの声が蘇る。拷問の最後に彼が言った言葉は、あることを条件にアーベルに恩赦を齎す確約だった。 それはアーベルにとって、身を切られるより辛いことだったが、彼はしっかりと頷いた。全ては、ユリアンを護るため。その一心で。 [*前へ][次へ#] [戻る] |