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 クラウスはある意味で最も王に相応しい。国に害なすとみなや、彼は人の心を捨てる。
 ヒンメルによって滅ぼされたラバラン。そこの民である自分が王家に仇なしたとなれば、彼の頭に容赦という言葉は微塵も残っていないだろう。そう考えれば、この拷問は軽い方なのかもしれない。
 アーベルは国の博物館で、拷問部屋を見たことがあった。そこには拷問道具や、その様子を描いた絵まで飾られていて、とても不愉快な思いをしたことを覚えている。それが今自分の身に降りかかっているのだから、もっと気分が沈む。

「起きろ」

 気を失ったところに水を被せられ、アーベルはゆっくりと頭を上げた。両手が壁に縫い止められ、枷が填められた手首からは新しい血が流れ始める。露わになった上半身に、赤いミミズ腫れが無数に走っていた。自分を見下ろす男に、アーベルは酷く冷たい視線をやる。クラウスは、それに楽しそうに笑った。

「まだ元気があるか。自白剤は精神が弱ってからでなければあまり効き目がないそうだ。だから、涙の1つも流してほしいところなんだが」

 空気を切り裂き、鞭が唸る。足を打たれ、アーベルが歯を噛み締める。それでも呻き声1つ上げない。クラウスは感心すらして、本当に惜しい事だと、アーベルの前にしゃがみ込んだ。

「あの時俺の物になっておけば、お前も仕事がし易かったろうにな」

「……なんだと」

 アーベルは分からないという顔をして、クラウスを見返した。その顎を鞭の柄で持ち上げて、王子は面白そうに笑う。

「言っただろう。俺の下でこそ望みが叶うと。第3王子では殺しても大した復讐にはならぬから、尻尾を出さぬのだろうと思ってな。ああやって愛人にしてしまえば、いつかは寝首をかくため本性を現すだろうと思ったんだ」

 その時は返り討ちにし、一生檻の中で飼い殺してやるつもりだったと、楽しげに呟く。
 背筋が凍るほどだ、この男の冷酷さは。アーベルは眉根を寄せて、得体の知れない王子を見返す。
 クラウスはいつか見た支配者の瞳で、蔑むようにアーベルを見た。その手が太ももに触れる。布越しだったが、アーベルは思い切り鳥肌を立てた。

「それとも、弟のものはそんなに悦かったか」

「下衆が……」

 初めて黒い瞳に憎悪が宿る。
 それが堪らなく楽しくて、クラウスはアーベルの腹にあった真新しい傷に爪を立てた。

「あ……うぐっ」

 クラウスは息を詰めるアーベルの耳に、そっと唇を寄せた。

「全て話せば、お前だけは助けてやろう。今までお前は、この王家に少なからず貢献していたのだから」

「……な、にっ」

「仲間の居所を吐け。まだ、侍女に手引きした下手人が分からんのだよ」

 侍女は何か催眠をかけられ、あの強行に及んだと、宮廷の魔導師が言っていたそうだ。アーベルは首を横に振り、必死に声を出す。

「知らない。俺は、何も……」

 否定するアーベルの腹を、クラウスが蹴り上げる。こみ上げてくる痛みに前のめりになったアーベルの体をまた踏み付けて、クラウスは楽しそうに笑った。

「痛みでは陥落せんか?」

「……っ」

 青い痣ができた胸を撫でながら、クラウスが顔を覗き込んでくる。アーベルの背筋が震え上がった。カシャンと手枷が無様に鳴く。

「快楽に弱そうな体だな。この中は、どんな風に締め付けて、どれほど熱いんだ?」

 冷たい指が頬を撫で上げ、ぐっと噛まれた唇の上を這う。

「痛めつけても楽しくない。こちらの方が償いと罰を同時に済ますことができる」

 無骨な手がゆっくりと動き、アーベルの腰骨の辺りで止まる。ズボンと言うには心もとない薄い生地。それに指を引っ掛けて、中にするすると入り込む。

「前は邪魔が入ってし損ねたからな」

「私は何もしていないっ! ラバランであることを隠していたのは、知れたらきっと王宮を追い出されてしまうと思って」

「今更遅い。お前の言うことなど、誰も信用しない」

「知らないんだ、本当にっ」

「別に良いさ。どこまで耐えられるか、俺も気長にやろう」

 クラウスの声は酷く穏やかで、それが彼の残虐性を物語っていた。彼は相手が誰であろうと、どんなに苦しもうと、その手を緩めることはないだろう。
 彼がゆっくりと手を上げたが、アーベルには顔を背けることしか、抗う術が無かった。


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