22
クラウスはある意味で最も王に相応しい。国に害なすとみなや、彼は人の心を捨てる。
ヒンメルによって滅ぼされたラバラン。そこの民である自分が王家に仇なしたとなれば、彼の頭に容赦という言葉は微塵も残っていないだろう。そう考えれば、この拷問は軽い方なのかもしれない。
アーベルは国の博物館で、拷問部屋を見たことがあった。そこには拷問道具や、その様子を描いた絵まで飾られていて、とても不愉快な思いをしたことを覚えている。それが今自分の身に降りかかっているのだから、もっと気分が沈む。
「起きろ」
気を失ったところに水を被せられ、アーベルはゆっくりと頭を上げた。両手が壁に縫い止められ、枷が填められた手首からは新しい血が流れ始める。露わになった上半身に、赤いミミズ腫れが無数に走っていた。自分を見下ろす男に、アーベルは酷く冷たい視線をやる。クラウスは、それに楽しそうに笑った。
「まだ元気があるか。自白剤は精神が弱ってからでなければあまり効き目がないそうだ。だから、涙の1つも流してほしいところなんだが」
空気を切り裂き、鞭が唸る。足を打たれ、アーベルが歯を噛み締める。それでも呻き声1つ上げない。クラウスは感心すらして、本当に惜しい事だと、アーベルの前にしゃがみ込んだ。
「あの時俺の物になっておけば、お前も仕事がし易かったろうにな」
「……なんだと」
アーベルは分からないという顔をして、クラウスを見返した。その顎を鞭の柄で持ち上げて、王子は面白そうに笑う。
「言っただろう。俺の下でこそ望みが叶うと。第3王子では殺しても大した復讐にはならぬから、尻尾を出さぬのだろうと思ってな。ああやって愛人にしてしまえば、いつかは寝首をかくため本性を現すだろうと思ったんだ」
その時は返り討ちにし、一生檻の中で飼い殺してやるつもりだったと、楽しげに呟く。
背筋が凍るほどだ、この男の冷酷さは。アーベルは眉根を寄せて、得体の知れない王子を見返す。
クラウスはいつか見た支配者の瞳で、蔑むようにアーベルを見た。その手が太ももに触れる。布越しだったが、アーベルは思い切り鳥肌を立てた。
「それとも、弟のものはそんなに悦かったか」
「下衆が……」
初めて黒い瞳に憎悪が宿る。
それが堪らなく楽しくて、クラウスはアーベルの腹にあった真新しい傷に爪を立てた。
「あ……うぐっ」
クラウスは息を詰めるアーベルの耳に、そっと唇を寄せた。
「全て話せば、お前だけは助けてやろう。今までお前は、この王家に少なからず貢献していたのだから」
「……な、にっ」
「仲間の居所を吐け。まだ、侍女に手引きした下手人が分からんのだよ」
侍女は何か催眠をかけられ、あの強行に及んだと、宮廷の魔導師が言っていたそうだ。アーベルは首を横に振り、必死に声を出す。
「知らない。俺は、何も……」
否定するアーベルの腹を、クラウスが蹴り上げる。こみ上げてくる痛みに前のめりになったアーベルの体をまた踏み付けて、クラウスは楽しそうに笑った。
「痛みでは陥落せんか?」
「……っ」
青い痣ができた胸を撫でながら、クラウスが顔を覗き込んでくる。アーベルの背筋が震え上がった。カシャンと手枷が無様に鳴く。
「快楽に弱そうな体だな。この中は、どんな風に締め付けて、どれほど熱いんだ?」
冷たい指が頬を撫で上げ、ぐっと噛まれた唇の上を這う。
「痛めつけても楽しくない。こちらの方が償いと罰を同時に済ますことができる」
無骨な手がゆっくりと動き、アーベルの腰骨の辺りで止まる。ズボンと言うには心もとない薄い生地。それに指を引っ掛けて、中にするすると入り込む。
「前は邪魔が入ってし損ねたからな」
「私は何もしていないっ! ラバランであることを隠していたのは、知れたらきっと王宮を追い出されてしまうと思って」
「今更遅い。お前の言うことなど、誰も信用しない」
「知らないんだ、本当にっ」
「別に良いさ。どこまで耐えられるか、俺も気長にやろう」
クラウスの声は酷く穏やかで、それが彼の残虐性を物語っていた。彼は相手が誰であろうと、どんなに苦しもうと、その手を緩めることはないだろう。
彼がゆっくりと手を上げたが、アーベルには顔を背けることしか、抗う術が無かった。
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