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20


 ユリアンは自室に戻ったところを兄のクラウスに捕まってしまった。6つ上の兄は、何故かいつになく真面目な顔をして、ユリアンについて来るように促す。
 連れて来られた場所は、何のことは無い、訓練の時に使う大演習場だ。だが驚くことに、そこには2番目の兄と近衛隊長までが顔を揃えていた。

「裏切り者が分かった」

「……何の話ですか?」

 唐突なクラウスの発言に、ユリアンは眉根を寄せる。その左腕には、まだ白い包帯が巻かれていた。

「侍女は死んだのではなかったのですか」

「あの侍女は主犯ではない。裏で手引きした奴がいる」

「なんだって……」

 ユリアンの鼓動が途端に早くなる。悪い予感がする。
 どうして兄はここに自分を連れてきたのだろう。答えは簡単だ。この中にいるのだ、裏切り者が……。
 ユリアンの心臓はドクリドクリと、勢いよく鼓動する。まだ時刻は昼間なのに、演習場の中は薄暗い。一歩足を踏み入れた時、まだユリアンの目は中の情景を捉え切れなかった。

「そいつは、ずっと昔からこの王宮に住み、虎視眈々と機会を窺っていた」

 ぷんと血の臭いがする。ガチャガチャと鳴るのは、兵の鎧だろうか。

「運良く王子の従者になり、信頼を得、誰よりも傍にいた」

 目が段々と慣れてくる。円を描く兵の隊列。真っ直ぐに槍を下手人に向け、ピタリとも動かさない。その切っ先に晒されている人間は、脇腹を庇い地面に座り込んでいる。ユリアンは一目で誰か分かった。あれは――

「アーベル……?」

 長い黒髪を振り乱し、黒い瞳で鋭くこちらを睨みつけるのは、ユリアンの騎士だった。
 何故彼が怪我をして、兵に取り押さえられているんだ。

 クラウスがすっと前に出ると、その隣に来たヨハンが静かに耳打ちする。彼も怪我をしているのか、足を引き摺っていた。

「アーベル、というのは本当の名ではないな。お前とエスターライヒ男爵の間に血の繋がりは無い。貧しいジプシーの親子を買ったと、男爵が自白した」

「…………」

「そして、男爵の推薦によって騎士見習いになり、遊び相手に飢えた王子に取り入った」

「待って下さい兄上! 一体何を言っているんですか? アーベルは、今までずっと私のことを護り、この国のために仕えていたのですよ!?」
 ユリアンは兄の肩を掴み、必死に言い募った。だがクラウスは、憐れみの目でユリアンを見つめる。

「裏切り者だ、こいつは。最初からお前への忠誠など形だけのものだったのだろう」

「……っ!」

「ユリアン殿下」

 気が付けば、隣にヨハンが立っていた。彼は厳しい表情を作りながら、恭しく手を伸ばす。彼はユリアンの胸元で輝くロザリオを、くるりと裏返した。

「これを」

 ヨハンが指差したのは、何かの紋章だった。球体に巻きつく細長い蛇。ユリアンには意味が分からなかったが、フェリクスはそれを見て、やはりと頷く。

「お前、15年前に滅びたラバランの民か」

「ラバラン?」

 ユリアンは目を見開いた。アーベルが邪教の民? ユリアンは信じられないような目で、アーベルを見つめる。だがアーベルは一言も話さず、ユリアンには目もくれない。

「上手く王宮に潜り込んだものだな……。どうやって侍女を操ったのかも聞かねばならぬ。その者を連れて行け」

 クラウスが命じると、兵はアーベルを取り押さえ、引き摺るようにして外へ連れ出す。その時傷が痛んだのか、アーベルが小さく呻き声を上げた。たまらなくなってユリアンが駆け寄ろうとしたが、それはクラウスに止められる。

「近付くな。汚らわしい血に毒されるぞ」

「……なんてことをっ」

 ユリアンは怒りのまま、クラウスに掴みかかった。

「アーベルの働きを貴方だって褒めていたじゃないか、アーベルは私を裏切ったりなどしない!」

「それも全部、お前の信頼を得るためだ。愚かな弟よ」

 クラウスがヨハンに目配せすると、彼はユリアンの首筋に手刀し昏倒させた。地面に崩折れるユリアンを、アーベルは一度だけ視界に納めたが、兵に急かされるまま何も言わず連れて行かれた。



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あきゅろす。
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