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 ユリアンが眠りに就くと、アーベルはそっと部屋に戻った。人気の無い寂しい廊下。じめじめとした空気。誰も使わないような部屋が、アーベルの寝室になっている。前に使っていた倉庫のような部屋は、ユリアンの命令で直ちに移動になった。だが新しくあてがわれた部屋も快適とは言えない。給仕係が寝泊りしている部屋の隣にある、元は休憩室として使われていた小部屋。朝になると支度をする使用人の物音が薄い壁を通して伝わってくる。おかげでアーベルは前より早起きになった。広さも前と変わらず、少し天井が高くなったかという程度だ。けれどアーベルは満足していた。この部屋には窓があり、暑い日に清涼な外気を取り込める。何よりユリアンの部屋にほんの少し近くなった。
 一方のユリアンは大変不満だったようで、もっと良い部屋を探すよう命じたが、執事はここしかないの一点張りで話は進まなかった。あの時はユリアンを宥めるのが大変だったと、アーベルは溜息を吐く。ランプの火を消して、ベッドに倒れ込んだ。そして固く目を瞑る。

「ユリアン様……」

 彼を裏切り続けている。痛む心臓に疲れ、アーベルは夢の世界へと旅立った。
 眠る直前までユリアンのことを考えていたからか、夢の中にまで彼が出てきた。ただその姿は現在の精悍なものではなく、天使のように愛らしかった頃のものだった。

「アーベルか。良い名だな、なんと言っても呼びやすい」

 バラ色の頬を上げて笑う彼は、本当に愛らしかった。アーベルは初対面であったのに一瞬で心を奪われてしまった。だが、王宮での暮らしはアーベルにとって驚きの連続だった。
 ユリアンの部屋は広くて天井がとても高かった。家具は1つ1つが特注で、彼が誕生した時に国一番の工房で作られたそうだ。他にも浴室や遊び部屋、勉強用の執務室など、いくつも部屋が用意されている。食事は大広間の中央、シャンデリアの下で頂く。

「……よろしいのですか」

「ああ、もう腹いっぱいだ」

 夕食の皿には料理が半分以上残ってしまっている。王子のために用意される食事は種類も量も膨大だ。ユリアンは好き嫌いも多いため、一度も手をつけない皿もあるほどだった。
 それなら最初から料理長に言って量を調節してもらえば良いのにと、アーベルは思っていた。それをヨハンに言えば庶民的だと笑われた。アーベルは何故笑われたのか分からなかった。少なくとも、アーベルが今まで見てきた人間達なら、同じことを思ったに違いないと考えた。けれどユリアンと共に王宮で暮らす内、アーベルは理解するようになる。彼らと自分とでは、住む世界が違うのだと。


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