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「肩が凝るものだな、芸術とは」
ソファーに寝そべって、ユリアンは「はーっ」と息を吐いた。アーベルは、投げ出された足を丁寧に揉んでやりながら、「そうですね」とだけ返す。素っ気無い返事が不満だったユリアンが、クッションでアーベルの体を叩いたが、全てきれいに無視をした。
「殿下、お手を」
「ああ……」
今度は爪を砥いでやる。男であるはずのユリアンの手は、白く長く、傷1つついていない。一方のアーベルは、何度も豆を潰して、ごつごつと硬い皮をしていた。騎士ならば当然だが、たまに気になる時がある。
「殿下……」
「ん?」
「そんなに見つめられても、何も出てこないのですが」
自分の手を握るアーベルの手を、ユリアンはいつも面白そうに見ているのだ。もっと他のものを見ていれば良いのにと思って、アーベルはそっと視線を上げた。ソファーの後ろに、真新しい鳥篭が置いてある。そこには、先日ユリアンが捕まえてきた小鳥が入れられていた。王宮の庭で、ユリアンが見つけてきたのだが、ひょうきんな動作と愛らしい羽を持っていることから、すぐにペットに採用された。それでも、世話をするのは侍女の役目なのだが。
「殿下、マルコが鳴いておりますよ。可愛く踊っております」
「そうだな」
小鳥はマルコという名を与えられた。求愛のダンスをちょこちょこと踊るものだから、侍女達はすっかりこれの虜だ。けれど、ユリアンはじっとアーベルの手を見たまま、マルコに一瞥もくれなかった。
「鳥なんぞより、私にはお前の方が面白いがな」
空いた手で髪を撫でられたが、無視をして爪を砥ぐ。綺麗に揃えたら、上から液を塗って表面を保護するのだ。
「アーベルの目は夜の闇より心地良いな。見つめられると、なんでも頷きたくなってしまう」
「ご冗談を。殿下はアーベルが言いましても、早起きもお支度もお勉強もお仕事も、いつも自分のペースでおやりになるでしょう」
そう笑って返したつもりだった。けれど、見上げた先の緑の瞳がアーベルを射抜くように見つめていたものだから、思わず口を閉じてしまう。
ユリアンはすぐに身を起こして、アーベルの体を引き寄せた。王子の膝に手をついてしな垂れかかれば、まるで乙女が恋人に甘えるような格好だ。恥かしくないと言えば嘘になる。けれど、ユリアンがアーベルをどこかの姫のように扱う時は、必ず真面目な話が始まるのだ。だからアーベルは、滅多に逆らったりしない。
「仕事で何か悩みでもあるのではないか?」
「いいえ」
「私に不満があるならはっきりと言え」
「滅相もありません」
「ならば、寂しそうな顔をするな」
そんな風に見えていたのだろうか。アーベルは内心舌打ちしたが、ユリアンが額にキスをして体を撫で擦り始めたので、考えるのを止めた。
今日の執務は終わった。後はただの恋人同士、お互いを求め合えば良い。今日は無性にユリアンの肌が恋しかった。
アーベルにしては珍しく、自分からユリアンにキスをする。ユリアンは驚いたように目を見開いて、それからはただの恋に溺れた男になって、アーベルをソファーに優しく押し倒した。
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