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 王宮の朝は早い。侍女は日の出と共に掃除を始め、コック達は厨房で手際よく料理の支度をする。外からは、兵達の鍛錬の声が聞こえてくる。アーベルもまた、唯一の主君であるユリアン第3王子を覚醒させる作業で忙しかった。

「身辺の人事異動をチェックした後、フェリクス殿下との歓談。午後からは、先週完成した国営博物館第6棟の視察を……殿下!」

 ユリアンは器用にも、眠りながらクロワッサンを口に運んでいた。呆れつつ耳元で大声を張り上げると、びくりと体が跳ね、深緑の瞳が恨めしそうにアーベルを見上げる。

「耳の膜が破けたらどうする!」

「知りません。その時は筆談でも致しますか」

 しれっと答えれば、ユリアンはむむっと眉根を寄せる。

「無理だ。肝心な時に、貴様の啼き声が聞けなくなるではないか」

「…………」

 ひくりとアーベルが口元を引き攣らせた。給仕に動く侍女達は、慣れたもので綺麗に聞き流しているが、恥かしいことには変わりない。朝から不謹慎だと怒鳴りたいところをぐっと我慢し、アーベルは早々に退室した。

「はぁ……」

 誰もいないことを確認し、廊下の隅で溜息を吐く。どうして、王子はああも開けっ広げなのだろう。ユリアンと床を共にするような関係になってから2年。アーベルは未だに慣れないでいた。騎士であるのに、愛人のような扱われ方もそうだし、周りが自分達のことをどう思っているかなんて容易に分かる。
 男妾など、貴族の間では珍しくない。それでも、正妻も妾もいない王子が、最初に男を相手にするなど聞いたことがなかった。しかも相手は、幼い頃から身を護ってきた騎士なのだ。よもや本気ではあるまいなと、勘繰る人間も多い。
 アーベル自身は、ユリアンが唯一の存在だと断言できる。主として、愛する人として、傍で見守りたいと思うのだ。けれど、いずれユリアンは正妻を娶るだろう。その時身を引けるか、アーベルには自信がなかった。
 もしユリアンに言ったら、頭を叩かれ怒鳴られるだろう。私の愛が信用できないのか! と癇癪を起こし、しばらくはへそを曲げられそうだ。その様を想像して、アーベルはクスリと笑った。若く情熱的なユリアン。けれど、だからこそ、これからめぐり合うであろう数々の出会いが、彼に影響を与えるだろう。時の流れと共に、人の心は変わっていくものだ。アーベルがそうであったように。


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