近衛騎士アーベル
アーベルが初めてユリアンに出会ったのは、14歳の時だった。
話に聞いていた王宮は、思った通り絢爛で、天井は見上げるほど高く、美しく磨き抜かれた床がずっと向こうまで続いていた。競うように置かれた美術品は遠い異国の宝物も多く、栄華を極めるフォルモンド家の権威をそのまま表している。
ほうっと息を吐いてから、アーベルはすぐに気を引き締めた。騎士見習いの自分がここに連れて来られたのは、男爵である父の強い推薦があったからだ。失敗は許されない、気を引き締めなければ。
前を行くのは、一見虫も殺さぬような顔をした優男。だが、これで近衛騎士隊長を務めているというのだから、人は見かけによらない。
「さあ、ここだ」
アーベルが天井画に見惚れているうちに、目的の部屋の前に着いてしまったようだ。ああここに、俺の運命を握る人がいるのだなと、アーベルの緊張は極限まで高まった。それは常に冷静な彼の焼けた顔が、少し白くなるくらい。
扉の前にいた近衛兵が、隊長に一礼し扉を開けた。
「連れて参りましたよ、王子」
アーベルの心臓がどきりと鳴った。フォルモンドの王族に会うのは初めてだ。さっと膝を床につき、臣下の礼を取る。
すると、パタパタという軽い足音が部屋の中から聞こえ、目の前で止まった。
「ありがとうエドガー。退屈で何度も目蓋が落ちてしまうんだ」
鈴を転がすような声だ。舌足らずな口調で、店番に飽いた子どものようなことを言う。
「顔を上げろ、許す」
命令し慣れているのはさすが王族だ。咄嗟に浮かんだ皮肉を慌てて消し去ってから、アーベルは視線を上げた。
見えたのは、小さな黒い靴。それからシルクのベストと、その上でキラキラと輝く金髪。理知的な光を宿す緑の瞳と、柔らかそうな真っ白い頬。どこかで見覚えがあるが、そうだ、さっき見た天井画の天使そのものではないか。
「私はユリアン。ヒンメル王国12代女王第3の王子だ。お前はなんと言う」
口を開けば本当に子どもらしからぬ。彼は生まれた時から住む世界が違う。だが、自分は今日からこの子どもに付き従うのだ。
「騎士見習いのアーベル・フォン・エスターライヒでございます、殿下」
「アーベルか、良い名前だな。なんと言っても呼び易い」
今年で6歳になったというユリアン王子は、にこりと嬉しそうに笑った。
頬に熱が集まるのを感じ、アーベルはそんな自分に戸惑いを覚えた。考えてみれば、それがそもそもの間違いだった。
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