昼食
チャイムが鳴った。
授業終了の挨拶もそこそこに、俺はすぐさま机の横に掛けてある紙袋を掴み廊下に出る。
その間30秒も経っていないはずなのだが……。
右側に衝撃、と同時に感じるあいつの匂いと温もり……って自分で言ってて鳥肌が立った。
俺は抱き付いてきた男の体を押し返し、うんざりしたように呟く。
「岬……、いつも言っているが俺に抱き付く癖を改めろ。高校生にもなってみっともないだろうが」
廊下に出てきた女子生徒の中には、岬を見て露骨にはしゃぐ者もいる。そうでないにしろ、みんなこの男を気にしてチラチラと視線を送ってくるのだ。
「見ろ、お前のせいで今日も俺は注目の的だ。いい加減離れろ」
「ヤダ。嬉しくて抑えらんない」
何だその理由は。
意味不明なことを言いながら、相手は一向に離れようとしない。口調も幼く、普通こんな男子高校生がいたら気持ち悪がられそうなものだが、岬にそんな心配は無用だった。
日本人離れしたモデル体型に掘りの深い整った顔。外に出れば十人が十人振り向くような美形なのだ、コイツは。
そんなコイツを叱りつけるなんて、恐らくこの学校では兄弟である俺だけしかいないだろう。ああ、言っておくが外見は極々普通の俺に岬との血の繋がりはない。親同士が再婚して戸籍上そうなっているだけだ。
幼い頃から岬は俺にべったりへばりついて、まぁ、それなりに可愛い時期もあった。だがこうして人目をはばからない行動には俺も辟易する。
実際に害を被っている俺は、他のやつらと違い岬に遠慮なんかしない。
「そうか、なら一緒に食べるのは無しだ。ほら、これお前の分」
そう言って紙袋から岬の分の弁当を取り出すと、岬は渋々といったように離れた。ちょっと睨まれた気もする。
何が不満なんだ、人に弁当まで作らせておいて!
俺はズレたメガネを人差し指で直し、スタスタと廊下を歩き出した。
何も言わなくても岬は俺の右隣に来て、さっきまでのふてくされた顔が嘘のように、機嫌良くニコニコと笑っている。
本当に気分屋な奴だ。
俺達は空き教室の一番後ろの窓際の席を陣取った。ここは穴場なのか他に生徒はいない。岬の行動のせいで、人目を気にしなければならない俺にとってはちょうど良い場所だ。
弁当箱が二つ、一つの机の上に並ぶ。昼は岬と一緒に俺の作った弁当を食べると言うのが日常だ。食費節約のため、それと体調管理のためだ。
岬は相変わらずニコニコしながら俺の弁当を食べている。
俺は横目でその様子を窺った。
唐揚げ、ベーコンアスパラ、味ご飯……岬はぱくぱくとそれを食べていたが、それが肉団子を口にした途端、車がガス欠でもしたかのように、体がギクッと動きを止めた。
青い顔をしているやつに、俺はしてやったりと内心笑みを浮かべる。
肉団子の中に、岬の嫌いなニンジンとピーマンを細かくして忍ばせておいたのだ。岬は好き嫌いが多く、魚や野菜などめったに口にしない。あ、アスパラは別だ。
あまりの偏食っぷりに、俺がこうして苦心して料理を作ってやっているわけだ。
「……謙ちゃん」
甘辛いタレが付いていて、野菜臭さなんてほとんど消えているだろうに。岬は口に入れた分をなんとか胃に流し込み、残った物を俺にズイッと押し付けてきた。
こんにゃろ……。
「駄目だ、自分で食べろ。俺が作った物を残す気か?」
俺が作った物という言葉に、岬は口を引き結び、俺と肉団子を交互に見た。
「……う、うぅ」
「何で泣くんだそこで」
本当にこいつは高校生か? 日本男児か? ……いや、半分は異国の血だが。
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