3 「あ、陸。誕生日おめでとう」 「……お前最初から知ってたのか」 「うん、ごめん。怒ってる?」 ハニーの姿のままで、手塚はしおらしい声を出す。 「神谷君に言われて黙ってたんだ。このバイトを紹介したのは俺だし。まぁ何でお金稼ごうとしてるかは、分かるよね?」 「…………」 俺は震える拳を握り締め、その腹を殴った。 力は分厚いクッションに吸収され対した痛みはないだろう。手塚は後ろによろけたが、すぐに背筋を伸ばした。 「今回はこれでチャラにしてやる」 「……良いの?」 「今回はだ。お前も良かれと思ってやったんだろ」 「陸……。ありがとう!」 「うるせぇ。抱きつくな暑苦しい」 巨大な熊は嫌がらせのように俺に頬ずりをすると、バイトがあるからと広場の人垣の中に消えていった。 「先輩お待たせしました!」 戻ってきた神谷は普通の私服に着替えていて、さっきまでキャロルの中にいたとは思えない。 「あの、ちょっと歩きませんか?」 「分かった」 神谷が緊張しているようだったので素直に頷く事にした。 休日の大通りは車以上に大勢人が行き来して、俺達は波を避けて裏路地の日陰を歩いた。 神谷の歩みに迷いはなく、どうやら目的地があるようだった。 「今日本当は夕方までシフトが入っちゃってたんです。でも、手塚さんが代わってくれて」 隣の神谷の説明によると、手塚に余計な気を回させてしまったようだ。 やはり今回は大目に見てやろう。 「……バイトしてるって知らなかった。何で、素直にバイトがあるって言わなかったんだ」 「それは……俺が馬鹿だから」 神谷の話はよく要領を得ない。 俺達はいつの間にか専門店が並ぶ道に出た。 俺達が入ったのは赤い外壁が目を引く小さな本屋だった。 中は普通の本屋よりも薄暗く、黒い本棚が所狭しと並んでいた。 俺達の他に客はいないようで、不思議な音色のクラシックが静かに流れていた。 「ここ、輸入図書置いてるんですよ」 神谷の言うとおり、本の背表紙を見ると様々な文字が並んでいた。中にはどこの国か分からない言葉もある。 興味津々で一冊を手に取るが、やはり何が書いてあるのかよく分からなかった。 [前へ][次へ] [戻る] |