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「あ、陸。誕生日おめでとう」

「……お前最初から知ってたのか」

「うん、ごめん。怒ってる?」

 ハニーの姿のままで、手塚はしおらしい声を出す。

「神谷君に言われて黙ってたんだ。このバイトを紹介したのは俺だし。まぁ何でお金稼ごうとしてるかは、分かるよね?」

「…………」

 俺は震える拳を握り締め、その腹を殴った。
 力は分厚いクッションに吸収され対した痛みはないだろう。手塚は後ろによろけたが、すぐに背筋を伸ばした。

「今回はこれでチャラにしてやる」

「……良いの?」

「今回はだ。お前も良かれと思ってやったんだろ」

「陸……。ありがとう!」

「うるせぇ。抱きつくな暑苦しい」

 巨大な熊は嫌がらせのように俺に頬ずりをすると、バイトがあるからと広場の人垣の中に消えていった。

「先輩お待たせしました!」

 戻ってきた神谷は普通の私服に着替えていて、さっきまでキャロルの中にいたとは思えない。

「あの、ちょっと歩きませんか?」

「分かった」

 神谷が緊張しているようだったので素直に頷く事にした。
 休日の大通りは車以上に大勢人が行き来して、俺達は波を避けて裏路地の日陰を歩いた。
 神谷の歩みに迷いはなく、どうやら目的地があるようだった。

「今日本当は夕方までシフトが入っちゃってたんです。でも、手塚さんが代わってくれて」

 隣の神谷の説明によると、手塚に余計な気を回させてしまったようだ。
 やはり今回は大目に見てやろう。

「……バイトしてるって知らなかった。何で、素直にバイトがあるって言わなかったんだ」

「それは……俺が馬鹿だから」

 神谷の話はよく要領を得ない。
 俺達はいつの間にか専門店が並ぶ道に出た。
 俺達が入ったのは赤い外壁が目を引く小さな本屋だった。
 中は普通の本屋よりも薄暗く、黒い本棚が所狭しと並んでいた。
 俺達の他に客はいないようで、不思議な音色のクラシックが静かに流れていた。

「ここ、輸入図書置いてるんですよ」

 神谷の言うとおり、本の背表紙を見ると様々な文字が並んでいた。中にはどこの国か分からない言葉もある。
 興味津々で一冊を手に取るが、やはり何が書いてあるのかよく分からなかった。


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