[携帯モード] [URL送信]
野草の誓い8


「ここに残るのか、俺は」

 あの老婆の言うことは信じられない。かと言って、雄大には今の状況を説明できない。
 一体何が起きているのだろう。冬真の身に何かあったのだろうか。
 薄ら寒いものが背筋を走った。

 もう電車はない。タクシーを呼んだとしても、ここに着くまでに何時間かかるか分からない。それでも、大嫌いなこの場所から早く立ち去りたかった。
 だがそれ以上に、冬真のことが気にかかった。

 駅舎の前に立ち尽くしていると、冬の寒さが身にしみる。暗闇の中でも白い息が見えそうだった。
 雄大は、昔住んでいた家に向かった。そこは古い平屋で、小さい庭には柿の木がぽつんと立っていた。近くにある竹薮から葉の擦れる音が聞こえてくる。本当に静かな場所だ。
 表札には未だに冴沼の文字がある。雄大がここを嫌っていたのとは反対に、父は母が死んだこの家から離れがたいようで、都会に戻ってからも、時たまここを訪れていた。退職したら、またここに住む気でいるようだ。
 鍵の隠し場所は、昔と同じ。柿の木の根元を探ると、鍵を入れたビニール袋を見つけた。まさか、またこれを使うことになるとは思わなかった。

「変わんねぇな……」

 寒い廊下と、二間続きのリビング、焼けた畳、ブラウン管のままのテレビ。父は最近もここに来たようで、灯油の入ったポリタンクが、玄関の脇に置いてあった。

「親父に感謝しなきゃな。皮肉だよなぁ」

 とりあえず、ストーブをたき毛布にくるまれば寒さは凌げた。このまま眠ろうと思ったが、なかなか寝付けない。体は疲れているのに、目が冴えて眠くないのだ。不安と困惑で、休まることができない。
 畳に体を横たえて目を瞑ると、冬真の姿が脳裏に浮かぶ。公園も、ケーキ屋も、コーヒーショップも、冬真と過ごした記憶しかない。この町でさえそうなのだ。こんなに一緒にいたのだなと、改めて思い出した。
 そして、久しぶりに見た冬真の笑顔。あの日以来、冬真の顔はほとんど見ていない。見たとしてそれは、雄大に拒絶されて傷付いた姿。

「くそっ」

 自分でやったことなのに、もう別れると決めたはずなのに、何故自分はこんなところにいるのだろう。冬真のことを老婆は生霊だと言っていたが、魔法使いなら、あんなことはわけもなくできるのではないか? だとすると、自分は罠にはまったのかもしれない。なんて間抜けなんだ。

「気味が悪ぃ……」


 無事に帰れるのだろうか……そんな不安を急いで振り払う。全く笑えない冗談だ。
 意味が分からない出来事に、苛立ちと焦燥が募っていく。風が木々を揺らす音にさえ、神経をすり減らした。
 結局、雄大は空が白んだ頃、やっと眠りについたのだった。


[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!