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ソクラテスに告ぐ


 世の中は不思議なことで溢れている。
 空飛ぶUFO。タコのような宇宙人。湖を泳ぐ怪獣。女子トイレの幽霊。

「世の中は不思議だらけだ! アンドロメダの彼方にある文明は、我ら人類が猿であった時からこの地球を観察していたんだ!」

「可愛いねぇ、ローズマリーベンジャミンマリーコールド」

「今そこで物音がしなかったか? ほらまたっ」

「なんで象の鼻は長いのか。なんで鳥は空を飛び、魚は水の中を泳げるのか。なんで俺は考えているのか」

 不思議事象研究部。伝統ある田舎の公立校。プレハブ小屋の一室で、彼らは今日も自分の世界に没頭する。
 宇宙の神秘に魅せられた男は、まだ明るい空の中に輝く星の幻影を見る。植物の心が分かるという少女は部室の鉢植えに丁寧に水をやる。代々霊感が強い家系である2年生は、風で揺れるカーテンにびくびくと肩を揺らす。瞑想家の部長は子供の目で世界を見る。
 彼らのことを生徒は敬意を込めてこう呼ぶ。カルト・オカルト・スタディー。略してカオス部。

「今年度の予算下りたぞ!」

 副部長が資料片手に部室に駆け込んできた。彼は長机の上に飛び乗ると、勝利の雄叫びをあげる。
 6畳ほどの部室には長机が2つ。イスが8脚。収納用の棚を置けば人が入る隙間などほとんどない。
 八雲翔は窓の外を眺め、大騒ぎする彼らに深い溜息を吐いた。彼は2人しかいない囲碁同好会の副部長だ。部長は予算会議に出席している。同好会や愛好会が乱立する中、文化部は深刻な部室不足に悩まされていた。よって、弱小である囲碁同好会はカオス部の部室を間借りさせてもらっている。
 翔はまた溜め息を吐く。薄い碁盤と人2人が座れるスペースがあれば、囲碁はどこでもできる。だが、よりにもよってこんな部屋をあてがわなくても良いのにと、やる気のない顧問を心底恨んだ。

「よし、今年も恐山で天体観測をするぞ!」

「UFOと交信できるかなー」

「ローズマリーも行って良いですかー?」

 理解し難い会話だ。翔は聞こえないふりをして外を眺める。その肩をぽんと叩かれ、ゆっくりと横を向いた。視線の先には目つきの悪い変人がいる。彼は岸江啓太。1年生にしてカオス部の副部長を務め、今一番興味があることは悪魔召還。まず、お友達にはなれないタイプである。

「そっちの部長さん随分どもってましたよ。予算大分削られたでしょうね」

「……そうか」

 囲碁同好会の部長は翔の幼馴染みだ。あがり症で臆病とは知っていたが、やはり会議に1人で行かせたのは間違いだっただろうか。

「一応俺もフォローしたんですよ」

「そいつはどうも」

 翔の応えに満足したのか、啓太は自分の定位置に座って怪しい表紙のついた本を読み始めた。



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