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野草の誓い3

「よーし、帰るぞー」

 上機嫌の先輩に苦笑し出口に向かう。晩秋の夜は酷く冷え込んだ。雲間から星が瞬き、冷たい風が体の横を通り過ぎる。

「ユウ……」

 風に流され消えてしまうかのようなか細い声を、雄大はしっかりと聞き取った。
 声のした方を向けば、道の脇に立ち尽くす冬真を見つけた。街灯の光から逃げるように、闇に溶けて存在感を消している彼。知り合いでなければ、まず目に留めないだろう。
 その瞬間、雄大の背筋を悪寒が走る。生理的な恐怖を感じた。

「なんで、ここが……」

「ごめん。ここだって教えてもらって」

 誰に教えられたのだろう。今日先輩に誘われて、気まぐれに入った店をどうやって突き止められたのだろう。
 まさかと思い先輩を見やるが、彼女はきょとんとして意味を理解していなかった。

「知り合い?」

「ちょっと」

「ふーん」

 先輩は値踏みするような不躾な視線を冬真にくれる。冬真は気圧されたのか下を向いてしまった。

「なに。君、冴沼に用あったんじゃないの?」

「そ、そうです」

「じゃあごゆっくり。私は先に帰るねーばいばーい」

 雄大は焦った。ここで冬真と二人きりになっては困る。何のために、彼を避けてきたのか分からなくなる。

「先輩、俺も帰ります」

「え? でも」

「良いんです」

 冬真に一瞥もくれず、雄大は先輩についていく。後ろで冬真が何かを言っていたが、聞こえないふりをした。

「待って、ユウ、お願いだ」

 聞こえないふりを、するしかなかった。冬真が泣くのを堪えているのを分かっていても、慰めることはできない。そんなことをしてしまえば、自分は冬真を――

「あんた、何してんの!」

 急に先輩が怖い顔で雄大を押し退けた。そして鈍い音が辺りに響く。

「え……?」

 雄大が見たのは、冬真の頬を張り飛ばす先輩だった。虚を突かれたせいで、冬真はまともに衝撃を受けた。よろよろと後退し、ぺたんと尻餅をつく。

「人がいるところで……自分が何しようとしたか、よく考えなさい」

 先輩はきびすを返し、雄大の腕をとった。冬真は青い顔をして頬を押さえている。それでも黒い瞳はじっと雄大を見つめていた。

「ユ、ユウ」

「…………」
 縋るような声で呼ばれれば、心に葛藤が起きる。冬真を大切にしたいと思う自分と、許せないと思う自分がいるのだ。
 結局雄大は冬真に声をかけることさえできなかった。先輩に逆らうことなく隣を歩き、冬真から逃げ出した。
 これでもう終わりかもしれない。そう思うと足が竦む。それを理性で押さえつけ、雄大は必死に前を睨みつけていた。


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