鏡 俺達は一緒にこの世に生まれてきた。顔も声も瓜二つ。食べ物の好き嫌いや性格も一緒。片割れが何を考えているかなんてすぐに分かる。両親は俺達を平等に愛し、同じように育ててくれた。元々同じ遺伝子を持ち、同じ環境で育ったのだから、そこに成熟優位や環境優位の発達論は関係ない。俺達は鏡に映したように同じ人間なのだ。まったくと言って良いほど同じ人生を歩んできた2人。 それが今日、初めて違えた。 「付き合うことにした」 ふんわり笑って猫目が細まった。俺は逆に呆然と目を見開く。弟の隣には、長身痩躯の男が立っていた。そいつのことはよく知っている。弟を除けば一番長く一緒にいた、大切な幼馴染みだ。 「付き合う? 誰と」 「マコ君と」 「冗談」 「本当だよ!」 弟の新は頬を染めてぎゅっと手を握り締めた。照れた時に思わず力が入ってしまうのだ、俺達は。 「ハジメは気付いてたかもしれないけど、初恋なんだ。マコ君が好き」 新は俺に念を押すように言った。俺はコクリと頷く。 「おめでと」 手を伸ばし新の頭を撫でる。最近誠に短く切られてしまった柔らかな栗毛が、指の間をすり抜け流れていく。 「元」 名前を呼ばれて顔だけを誠に向ける。奴は俺達を優しい瞳で見つめていた。 「ごめんな、びっくりしただろ」 「いや。なんとなーく分かってたから」 俺は苦笑した。頬がひきつってやしないだろうか 「さすが元!」 新が俺の体に飛びついてきた。俺も新の腰に手を回して抱き止める。間近に迫った顔は、やはり俺とまったく同じ。体格だって一緒。声も。 ならなんで、俺では駄目だったのだろう。 ずっと3人だったのに、その日から俺はひとりぼっちになった。俺にべったりだった新は、今や誠しか見ていない。2人で遊びにいった、勉強した、楽しかった。俺はその話を聞いて想像するだけ。例え一緒の空間にいても、微笑み合う2人の視界に俺は入っていない。 一緒にいた時間も、顔形も関係ない。人生はタイミングが大事なんだとよく分かった。俺はちょっとスタートが遅かっただけなのに、今は2人の後ろに置いてきぼり。 「ただいまー」 玄関で声をかけても返ってこない。新は今日も留守だ。誠の寮部屋にでも上がり込んでいるのだろう。俺は広いリビングで1人ソファにダイブした。 「つまんねぇ」 面白くない。ずっと一緒だった新がいなくなり、俺の世界は半分になってしまった。何をしても楽しくない。勉強もスポーツも遊びも、女の子と一緒にいたって、世界はひどく味気ない。 俺がいるはずだった場所にはもう誠がいる。俺の隣に新はいない。 「ちぇ、べたべたしすぎだ、バカップルめー」 こうして何かを喋っても、言葉が返ってくることはない。なんてひどい話なんだ。 ソファから顔を上げると、壁に掛けられた写真が目に入った。小さい頃の俺達。誠を真ん中にして、俺と新が笑っている。昔は誠を取り合って喧嘩したりした。誠は優しいから、どちらかが負けて泣くと凄く困った顔をして慰めてくれた。 本当に、俺達の人生はどこから分かれてしまったのだろう。俺は何を間違えたのだろう。 「……俺だって、初恋だった」 優しくて穏やかな幼馴染み。彼が笑うと心がぽかぽか温かくなって、嫌なこともすべて忘れられた。俺達兄弟とずっと一緒にいてくれると思っていたのに、彼は弟を選んだのだ。まったく一緒の俺達なのに、俺は弾かれて、弟はその腕の中に入り込んでいった。 ああ、一体何が違ったというんだ。写真の中の俺達はあんなにそっくりなのに。とても楽しそうに笑っているのに。なんで誠は新だけの手を取るんだ。 「ちぇ……」 再びソファに突っ伏して目を瞑る。3人一緒だった頃の幸せな思い出が、脳裏に浮かび消えていった。 [前へ][次へ] [戻る] |