深夜のドライブ(仁王、丸井)



大学に進学して間もない頃、自動車運転免許を取り立ての学生が深夜のドライブを楽しむのは、まあよくあることだ。
この日も例にもれず、仁王と丸井、名前の三人は深夜遅くまで車を走らせていた。翌日が休日だったせいもある。
夜景の綺麗な展望台でひとしきり休憩して、そろそろお開きという雰囲気になった。

「そういえば、確かこのあたりだったよな。 旧道のトンネルがあるの」

運転席に乗った丸井のふとした一言で、行き先は決まったようなものだ。それは地元では有名な心霊スポットだった。暇を持て余した学生の深夜ドライブに肝試しは付き物だ。
助手席の仁王がさくさくとナビを操作する。後部座席の名前はあまり気乗りした様子もなく、不機嫌そうに腕を組んで目を瞑っていた。

旧道といっても閉鎖されているわけではない。昼間ならば疎らに車も走っているが、深夜の時間帯ともなれば利用者は限られてくるのだろう。山道のせいか妙に狭く感じる道路に丸井たち以外の車は走っておらず、ナビの音声案内の声が妙に車内に響いていた。会話らしい会話は運転席と助手席の間だけで交わされて、後部座席はとても静かだ。
無理もない。彼女の幽霊嫌いは昔からだと二人は知っていた。

「名前、そんな怒んなって。別に車から降りるわけじゃねーし」
「そうそう。車でブーンと通るだけじゃき」
「ブーンとな」

宥める二人の声に返ってきたのは、後部座席からシートへの無言の蹴りだった。
やがて前方に噂のトンネルが見えてくると、車内は水を打ったような静けさに包まれる。彼らが想像していた以上に、暗闇に浮かび上がるトンネルが陰鬱な場所に見えたからだ。
ヘッドライトをハイビームに切り替えて、心持ち速度を落として進む。ライトが届かない対向車線の端に俯く女の姿をつい想像して、丸井は人知れず唾を飲んだ。
車はさらに進む。そろそろトンネルの半分ほどまで来ただろうか。何しろ暗いので、出口と外との境目が曖昧で距離感がわからない。

「お、対向車だ」
「俺らと似たような目的の奴らかな」

前方に二つの明かりが見えたので、ハイビームからロービームに切り替える。だんだんと明かりが近付いてくる。
自転車だった。二台の自転車がゆっくりと道路の脇を横に並んで走っている。こんな時間に、と不思議に思ったが、乗っている学生服の子供は真っ白なヘルメットを被っているし、足もはっきりと見えている。
幽霊なんかじゃない。生きている。丸井は詰めていた息をそっと吐いて、視線を前方に戻した。
それから程なくしてトンネルを抜けて、再び狭苦しい山道が表れた。

「やっぱり何にも起きなかったな」

車内の雰囲気を変えようと明るく笑う丸井だったが、仁王も名前も答えない。見ると二人とも強張った顔で俯いている。
どうしたのだろう。訝しむ丸井に、仁王が珍しく早口でまくし立てた。

「よく考えてみろ、今は何時だ?ここから市内まで車で一時間以上掛かるんだぞ。学生が自転車でこんな山道通るわけないじゃろうが」

はっとした。言われてみれば確かにそうだ。こんな深夜の時間帯に、こんな暗闇を学生が自転車で走っているなんて明らかに普通ではない。

「だから嫌いなのよ」

後部座席から唸るような名前の声が車内に静かに落ちた。





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