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「トシ」


甘い声が俺を呼ぶ。鳥が囀ずるように軽やかに、とろけるように甘く。


「トシ、朝だよ」


ひんやりとした何かが頬に触れて、形をなぞるように撫でられる。くすぐったいがまどろんだ意識の中でそれはとても心地が良く、もっと感じていたい俺は、それを掴んで相手ごと腕の中に閉じ込めた。


「遅刻するって」


肩のあたりで声がした。くすくすと笑う度に、首筋を柔らかい髪が撫でる。うっすらと重い瞼を開ければ、薄いハニーブラウンの柔らかい目が自分を見上げていて、


「はよ」
「…ああ」


これ以上見ていては我慢出来そうになかったので、とりあえずその柔らかな髪に指を通して、普段は前髪に隠れた広い額に小さくキスを落とした。
わかっているのかいないのか、にっこりとはにかむように甘く微笑んだ恋人はそりゃあもう


(可愛い…)


指通りのいい髪をすきながら、気持ちよさそうに目を細める恋人の顔をぼんやりと眺めていると、その空気を切り裂くように甲高く遠くで鳴る機械音。


「…俺もう行かないとー。ご飯出来てるから」
「…ああ」


するりと腕から抜けていったぬくもりに寂しさを感じながら、立ち上がったその細い背を見上げる。すっきりと甘く整った顔が近付いて、ちゅ、と頬にキスを落としていった。優しいバードキス。

名残惜しくイチを追いかけるように着いた玄関で、ローファーを履くイチを見守る。


「…イチ」
「ん?」
「……いや、」


毎朝のことだが、一応のためにと早朝に部屋を出るイチを見送るのは辛い。
そんな表情が顔に出ていたのか、苦笑を浮かべ、その白く長い指で頬を撫でられる。


「学校で、」


ふ、と甘く微笑んで、今度こそ部屋を後にした後ろ姿が扉の向こうへ消えるのを見送って、俺は一つ小さなため息を吐き出した。


若い二人に与えられた逢い引きの時間は、余りにも短い。


(あのキツネ…今に見ていろ)


全ての元凶とも言える、細く吊り上がった目の嫌味なほど端正な顔を思い浮かべ、決意する。

めらめらと心中に燃え上がる火を感じながら、俺はイチの手作りの朝食を食べるために部屋の中へと踵を返した。





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あきゅろす。
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