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そして夢は泡沫のごとく9

「ディルの力は本当に強大なの。それこそ、世界そのものを揺るがす驚異。その封印が解かれたら、それだけでこの世界のバランスを崩しかねないわ。それだけじゃない、一度封印が解かれ、ディルが完全に兵器として目覚めてしまったら、もう元には戻れない。生まれた心も刻まれた記憶も、大きすぎる力に呑まれて消えてしまう」
 
「そんな……」

 眩暈がするようだった。
 気を強く保っていなければ簡単に倒れてしまいそうな、強く打たれる衝撃がディーナをおそった。
 ディルがこのまま遠くにいって、二度と戻ってこない。考えるだけで怖くなる。

「そんなの、嫌」

 心からの思いは、彼女の意志に関わらず言葉となって漏れ出していた。

「このままでは世界の崩壊の引き金がひかれ、ディルは破滅への導き手となってしまう。けれど、まだ諦めるにははやいわ」

 凛とした意志が、メルベルの宝石のような瞳を煌めかせた。
 その輝きは希望そのもの。立ちこめる暗雲に俯いていた皆が、一斉にその光を見上げた。

「ディルを救う手だてはある」

 天使のもたらした光をうけてレオの双眼が力を放つ。深い影に隠されて普段は秘められた黄金色の光彩。
 彼らの瞳はまっすぐ前を見据え、深い闇が立ちこめる中で、小さくとも消えることのない淡く光る灯火を見つけださんとする強い決意を思わせる。

「封印を解くためにはそれ相応の準備と条件が必要なんだ。まだその時がくるまで時間はある。作戦は至極単純。敵が準備を整えるよりはやく、敵陣に乗り込んでディルを助け出せればいい」

「そんな簡単にいくものですか? 敵陣に乗り込むもなにも、私たちはそれがどこにあるのか把握できていないんですよ」

「大丈夫、ディルの場所ならわかるさ」

「本当ですか!?」

 ディーナの瞳が見開かれる。

「ああ、前もってメルベルの力をミリカに纏わせていたんだ。ミリカが俺たちとは離れた場所で、なにか別の目的を持っていたことは知っていたからね。友を疑いたくない気持ちはあっても、私情に左右されて大切なことを見落とす訳にはいかない。保険の意味もかねて、その動向を伺ってはいたんだ」

 結果的に、それが役に立つことになった。レオは複雑な面もちだ。

「私の力を辿れば、ミリカの居場所を特定し、そこにあなたたちを連れて行くことができるわ。彼女はディルと共に敵陣にいるはずだから」

「じゃあ、急いで向かわないと……!」

 いてもたってもいられない、とディーナはすぐさまベッドから起きあがろうとする。
 が、負った傷は浅くない。激しい痛みと目眩によって、彼女の体はぐらりと傾く。

「だめだ、ディーナ。さっきも言っただろう。今の君は動いていい状態じゃない」

 倒れそうになった身体を支えて、ダズが諫める。

「そうよ。気持ちは分かるけど、その怪我じゃ戦うなんてできないわ。無理はしちゃダメ」

 メルベルはディーナの眼前にふわりと飛ぶと、人差し指をたてて念を押す。
 彼女やダズの言うことはもっともだ。思うように動かない自分の身体にディーナは唇をかみしめる。
 それでも、心はどんどん焦りを増す。一刻も早く、ディルのところへ行かなくては。なにをしてでも、彼を助け出したい。
 
「それでも、私はいかなくちゃならないの」

 ディーナは痛みに顔を歪めながらも、支えるダズの手をほどいて一人立ち上がる。そして、自らの治癒の力を自分自身に向けて放つ。
 白くまばゆい光を放ち、背中の傷がゆっくりと癒えていく。痛々しくただれた皮膚は少女の肌に歪な傷跡を残したが、そんなことは気にならなかった。

「これで大丈夫……!」

 微笑むディーナ。その呼吸は荒く、笑顔からは血の気が引いている。傷を癒すことができる能力であっても、その力を使うこと自体が彼女の負担となっているのだ。


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