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黎明のこえ12

 くるりくるりと、紡がれる言葉に乗せて少女の表情はせわしなく変わっていく。紡がれる言葉は少しも耳に届かない。理解することを本能が拒むのだ。
 ニナという少女の存在が、ディルの失われた空白を呼び起こそうとする。いままで見向こうとしなかった『そこ』にある事実をつきつけようと、甘い声でささやく。
 大きく見開かれた少女の瞳が、まるで水鏡のようにディルを反射し映し出す。空虚な自分自身の翡翠が、彼女を通してこちらを見ている。
 
 一緒にいこう。自らの血に赤く染まった、ニナの細い腕がこちらへと伸ばされ、その頬へと触れる。
 

「……触るな」

 ディルは、それを振り払う。

「俺は一緒になんか行かない。忘れたことを思い出したいとも思わない。そんなものに興味はない」

「なんで? どうして拒絶するの? やめてよ。なんで?」

「……知りたいことはわかった。お前がいったい何なのか、それだけわかればもう充分だ。あとはお前に用はない。俺の前から消えろ……!」

 言葉を発した瞬間、今まで押さえていた衝動が一気に爆発する。
 壊せ。壊してしまえ。
 絶えず警鐘を鳴らしていたその本能に従うかのように、それすらすべて払い捨てるように、ディルは右腕を振るった。
 彼の動きに呼応して空気が大きく揺らぎ、無風だった空間はたちまち嵐の渦中、大気はすべてを切り裂く疾風となる。その矛先はまっすぐ少女へ。
 

 これ以上の話はもう必要ない。
 失われた空白の存在ちらつく度、脳裏にある面影が浮かぶ。

 『思い出してはいけないの――』

 知らない面影。
 それは優しく、儚く、重く、苦しく。胸の真ん中を締め付ける。


 これ以上踏み込まれてはいけない。ニナという存在に呑まれてしまう。彼女の存在を、赦してしまう。知らなくてもよいことを、知る必要のないことを、知りたくないことを、知ってしまう。思い出してしまう。
 
 非道い嫌悪感が全身を襲う。
 これ以上は、駄目だ。


 巻き起こった疾風の刃が、少女へと食らいつく。
 しかし少女はよけることもせず。斬撃をものともしない様子で受け入れる。その細い体躯は無抵抗に切り裂かれ、赤い血が風に舞う。そして少女の体はまた、何事もなかったかのように再生していく。風は、少女の存在を否定できない。


「……解ったわ」

 頬を伝う血を気にもとめず、ニナはちいさく呟く。
 赤色になったワンピースが風ではためいた。その声は儚く、憂いを宿した瞳には少女故のもろく崩れそうな危うさが滲む。
 まるで分厚い雲がその隙間からわずかに月光を覗かせるように。少女の見せる儚さは一瞬のものであった。
 瞬きの刹那、すでに少女の瞳に色はなく、ただ虚ろに空を映す。にたり口元が歪んでいき、そこには再び狂気が灯る。

「ディルがニナを拒むなら、無理矢理でも受け入れさせてあげる」

 歪んだままの口元はどこか艶めいていて、冷たい指で首筋をなぞられるような悪寒がぞくりとはしる。
 
 全身の細胞が警鐘を鳴らす。

 ――来る。
 本能がそれを察知したまさにそのとき、業火でなぶられるような激しい熱と、雷霆が身を穿つような衝撃。

「っ」

 爆撃がディルを襲う。
 逃げ場すら与えない、八方からの絶え間ない攻撃。 
 反射的に身を捩らせ直撃を避けるが、回避後の体勢を整える時間すら相手は与えてくれない。
 
 爆ぜる。

「どうしたの? この程度でやられちゃったりしないよね? ディルはそんなに弱くないでしょう?」

 嗤いながら、まるで遊戯のごとくニナは次々と爆撃を生み出していく。一定の間隔で鼓膜をふるわす破裂音は、さながら演奏会のようにリズミカルだ。血染めを纏った指揮者は、物足りなさそうに爆音だけを奏でていく。



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