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夜の世界1


その町はまさに夜だった。閉鎖された空に描かれた星々が張り付けられたように人口の天を彩る。太陽の恵みに満ちた地上からは完全に世界を隔てられ、地下に広がった暗闇の世界は今がまだ日が照らす時間だという事を忘れさせる。打ち捨てられ、忘れ去られたような地中の楽園には生温い廃棄物の香りと賑やかな住民たちの下賤な笑い声。輝きに満ちた首都の真下とは思えない陰鬱で荒廃した世界がそこには存在していた。

「ここが夜の街、トラヴィス……」

瞳に飛び込む光景は今まで見てきたものと本当に同じ世界の光景なのだろうか。ダズは目を疑った。幾度か目を瞬かせてみても、景色は相変わらず陰気な享楽に満ち満ちていた。

「ずいぶんと薄汚い町だな……オークション開催がなければこんなゴミの様な人間のいる町、近づきたくもない」

ぼろぼろの衣服に身を包み、行き場もなく路上に寝そべっている人。酒の匂いをまき散らしながら、おぼつかない足取りで歩む人。絵に描いたような妖艶を顔に張り付けて、男と歩く女性たち。それらすべてを蔑むように、リックフォルクは唾を吐く。

依頼人の態度こそ気に食わないが、彼の心理は解らなくもない。俗物的で欲望に満ちたこの町は、そのまま人間の醜さや汚さを思わせ、無意識に嫌悪感を抱かせた。
勿論、ここにいる人々だって同じ人間だ。それぞれにそれぞれの思い、理由をもっているのだろう。そのすべてを否定して「醜いモノ」と括ってしまうことが間違いであるということは解っている。
それでも、ダズは目の前を横切っていく光景を自分には縁のない世界と割り切るだけで、正面から目を向けることが出来ないでいた。

リックフォルクの身なりはこの地下の町では浮いていた。すべてが高級品、上質な衣服を纏い悠々と通りを歩くその様はこの町では輝きすぎるように思われる。事実、彼とその周りの自分たちを見る住人の眼差しは、嫉妬、羨望、好奇、嫌悪、それぞれであったが、どれも同じようにあまり良い感情ではないことは確かで。

――早くここを過ぎ去りたい。

その一心が、ダズの歩みを心なしか速めていた。
全ての人に平等であるべき医者である自分がこのような感情を抱いていることを認めたくはない。しかし現実の自分はこんなにも醜い感情をぶら下げている。そんな愚かさから目を反らして、ダズは街並みへと注意深く目を向けた。

大通りにもかかわらず、光源は間隔をあけて僅かに設置された古びた電灯のみ。旧式の白熱電球がじりじりと揺れるような光で足元を照らす。寿命が近いのかそのうちの幾つかは点滅していて、不安定なリズムで明暗を作り上げていた。道路わきには積み上げられたゴミと一緒に、商人だろうか、ガラクタのようなたくさんの売り物を抱えて呼び込みを繰り返す人がいる。
薄汚れた、もしくは何度も何度も着たような服の人々が溢れるそんな中に、自分たちと同様に少しだけ着飾った、もしくは煌びやかな装飾に身を包んだような人間がちらほらと見受けられる。それらはこの空間の中では明らかに異質。それらが目指す先、目的はおそらく一つ。この大通りを進んだ先にある、オークション会場だろう。



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あきゅろす。
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