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月を冠する国12


「ふうん。なかなかやるみたいだね」

あれほどの猛攻を繰り出しておりながら、ユーリアは未だ余裕の表情。
その身体能力は言ってしまえば異常だ。明らかに常人離れした力を彼は持っている。これがベルザークという国の軍人なのか。ごくり、ディルは唾を飲み込む。明らかに相手の方が上手。下手をすればこちらの命など容易く失われてしまうだろう。

しかし、何故だろうか。
こんなにも、心躍るのは。『楽しい』という感情が、人にはあった。今まで理解し得なかったその感情が、今やっと分かった気がする。鼓動が高鳴る。高揚した身体がうずく、さあ、もっと、もっとだ。寸前の命のやり取り、それをもっと味わいたい!


ディルの纏う空気が、わずかに変わる。例えるなら、嵐。全てをなぎ払い、壊し、奪っていく、荒み狂った脅威。その前の静けさに、とても似ている。
ディーナは捉えようのない恐怖感に肩を抱いた。眼前で繰り広げられる戦いは、まるで自分たちの干渉できない世界のもののように感じられた。瞬間、瞬間で移り変わる形勢に自らの弾丸を放つことができなかった。ただ、傍観に徹することしかできなかったのである。

じり……、対峙する翡翠と深蒼。張り詰めた空気がはじけた時、再びその刃が交錯した時、何かが、少しずつ壊れていくような、そんな恐怖を感じるのだ。

「駄目……」

唇から漏れだした声は彼へは届かない。
そして、均衡がやぶられる。両者が地を蹴ったのはほぼ同時。ディルは風を高密度に圧縮、造り出した剣でユーリアへと斬りかかる。刃は風そのもの、暴風を伴った吹き抜けるような斬撃。対峙するユーリアは、まるで遊戯を楽しむかのような享楽的な表情を浮かべてそれを迎え撃つ。

交錯。擦れ合う空気の摩擦がばちりと電流を走らせる。

「!」

違和を感じたのは、ユーリアの方であった。刃を交えて伝わる闘気、その変化に。まっすぐに自分を見る少年の目、しかしそれは自分など映っていない。彼が視るのは、命の灯。無機質な瞳はまるでその灯を狩りとる、死神のそれのようだった。

咄嗟に振り払ったユーリアの一閃を、今度は軽々とかわすと、振り切った腕を再び引き戻すまでの僅かな間が生まれる。その一瞬の隙を、先程までは見抜くことすら出来なかったその瞬間を、少年は見逃さなかった。

――やばい

ユーリアの視界には、笑み。

ディルの刃が閃く。
空を絶つその閃光を、下方向から発生した、また別の衝撃が妨げた。

爆発。

「!?」

「―っ!?」

小規模なものであったが、ディルの攻撃がユーリアを裂くその寸前。豪音とともに熱と光を放ち、爆ぜた。突風が両者の身体を吹き飛ばし、引き離す。

空中で体制を立て直し、着地。灰色の煙が上がり、何かが燃えている。
何かは分からないが、戦いに水をさされディルは舌打ちする。標的を逃すまいと再び顔を上げたところで、何かに抑えられる感覚。

「離せっ」

「駄目!これ以上は意味がない!騒ぎを大きくしてどうするの!?」

ディーナだ。羽交い絞めするようにしてディルを拘束する彼女は、何とかして彼を止めようと声を上げる。


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