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月を冠する国9

此方に向けて銃を構えていた男が、いきなり右腕を抱えて苦しみだした。右腕には何の変化もないし、こちらが手を加えた記憶もない。そもそも自分にはそんなことはできない。一瞬死すら覚悟したマサは混乱とともに拍子抜けする。いったい何が起きたのだろうか。

「マサ!」

「……!ヴィエラ!よかった……!」

男が突然苦しみだしたことで解放されたヴィエラがマサのもとへ駆け寄ってくる。恐怖に震えた小さな体をマサは力いっぱい抱きしめた。やっと出会えた。マサは安堵に胸をなでる。

「なんとか間に合いました……!」

マサとヴィエラが無事再会できたことにリイラもまた安堵の表情をみせる。広場一帯に展開されたリイラの術式は暴漢たちだけに自らの腕が吹き飛ぶ幻覚を見せたのだ。五感にまで作用する彼女の幻覚は、痛覚まで的確に術中に陥れる。にらんだ通り、広場を占拠した男たちはみな一般の市民と大差ない者たちであった。少しの揺さ振りで動揺を見せ、容易に惑わすことができたのもそのおかげと言えるだろう。訓練された者であったならこうはいかない。

「グアア……てめぇ…ゆるさねぇ……」

「マサ!」
安心するにはまだ早かったようだ。リーダー格の男は痛みに耐えながら血走ったその目をマサたちへと向ける。ぎょろりと向いた双眼に気圧され、マサは身動きできない。ジャケットの内ポケットに潜ませたもう一つの拳銃を取り出すと、まだ自由の利く左手でそれを構える。マサをめがけて銃口が向けられるが、彼には最早抵抗の術はない。

「ちっ……!」

舌打ちとともにディルは手足に力を込める。これ以上依頼人を危険にさらすことは避けなければならない。風の刃を収束させ一気に標的へと放つ。しかし、男が引き金を引くのはそれよりも速い。間に合うか。

爆音とともに鉛玉が放たれる。

「!?」

ここで、違和感。銃口から弾丸が放たれる炸裂音。それがディルの耳にはわずかに重なって聞こえた。一瞬の間に二撃の発砲。しかし、男が放った銃弾は一発。もう一発は――

勢いよく放たれた鉛玉が、マサの胸元を貫かんと空を切る。薄い胸板、その柔らかい皮膚を突き破っていく一瞬前。垂直方向から弾丸が、空を裂いてそれを阻止した。二発の弾丸が青年の眼前で交錯、軌道を大きく変えて、ひとつは広場のベンチ、ひとつは地面へと着弾した。

「何ィ!?」

胸部を弾丸に貫かれ、青年は流れる血とともにその場へ倒れこむ。想定していたその時は訪れることはなく、男は狼狽する。間もなく男はディルの放った風にその身を貫かれることとなる。
風圧に飛ばされた男は、広場後方の民家へと激突して静止する。ぐったりと横たわる男に、もはや反撃の余地はない模様だった。未だ幻影の中で、且つリーダーを失った残党たちは統率を失い、これ以上の抵抗は不可能だろうと悟ったのであろう。力なく膝を折るとその場で項垂れる。

これを好機とみたのか、いままで踏み止まっていた軍人たちが広場へと突入を始める。今まで暴れていた男たちにすでに戦意はなく、あっさりと拘束されていった。

「ここにいても面倒なことになるだけです。あとは軍人さんたちにまかせて引きましょう!」

リイラが撤退を促す。マサもヴィエラも救いだすことができた今、広場に留まっていても意味はない。事件の関係者として軍人たちから質問されるようなことがあっても困る。ディルはうなずく。そして、マサ、ヴィエラを連れてひっそりと広場を後にした。


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