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月を冠する国4
情報屋に示された道に従って歩くと、入り組んだ酒場通りへとたどり着く。まだ夕刻前だというのにすでにお酒に酔った人々が千鳥足で行きかっている。今日はこういった道を通ることが多いな、と半日を思い返して思う。
白熱電球に照らされた店が軒を連ねる中、その奥にひっそりと潜めるようにその店はあった。他の店が原色を利用した鮮やかな外装で飾られている中で、一軒だけ存在するくすんだ色。灰色を濁らせたような外壁に、赤黒い屋根の色。それらに光を当てるはずのライトも寿命が近いのか点滅を繰り返しながら鈍い光を辛うじて放つだけ。
踏み入るのが阻まれるような、本当に営業している酒場なのか判断しかねるような、良くも悪くも繁雑した通りには少し浮いた店だ。屋根に張り付けられた看板が指し占めすその名は『ノーレ』。情報屋が言っていた名前と一致した。

ここが目的地なら入る他ない。他の誰かにもついてきてもらえば良かったと、ほんの少し心中で後悔してから、ディーナは店内へ足を踏み入れた。


「いらっしゃい」

出迎えたのは一人の女店主だった。歳は30後半くらいだろうか。褐色の肌に、短くまとめられた癖のある黒髪、人当たりのよさそうな大きな瞳が一瞬だけ見開かれた。おそらく、このような酒場には縁のなさそうな少女がいきなり入ってきたからだろう。
開店時間前なのか店内は暗く、客は一人もいない。

「あの、情報屋さんがこの店にいるといわれて来たんですけど……」

「情報屋?」

「はい」

店主は少しだけ不思議そうにこちらを見ていたが、深く追求することはなく「ちょっと待ってて」と、にこりと笑って奥に向かって叫んだ。

「ノルニス!あんたにお客さんだよ!」

店主の声が店内に響き渡る。すると、しばらくして奥の部屋からゆっくりとした動作で人影が現れる。その人物の姿にディーナは目を瞬かせた。細身の体、長い前髪に薄い唇。それは先程国境を超える前会話したザルカンタの情報屋そのものだった。

「あなたは……!」

驚くディーナに、目の前の情報屋は首をかしげる。

「どこかでお会いしましたか?」

放たれた少し高い声に違和感。口調もなんだか普通のようだ。よく見たら先の情報屋に比べると顔つきが柔らかい。長い前髪もその表情全てを覆っているわけではなく、ガラス玉のような黒い瞳がその隙間から感情の色を見せていた。

「あ、ごめんなさい。すごく似ていた人に会ったので、つい」

というと、こちらの情報屋は何かを理解したようで「ああ!」と手を叩いた。

「ザルカンタの情報屋に言われてこちらへきたのですよね?あちらのものは私の血縁者なので、似ているのです。紛らわしいものなのですが」

血縁者、といわれれば納得がいく。これほどまでにそっくりなのは少々驚かされるが。

「立ち話もなんですし、お掛け下さいな」

情報屋は近くにあった椅子を引き座るように促す。それに従ってディーナが腰かけると、情報屋は反対側の椅子へと座る。テーブルに肘をつき、顔の前で両掌を組み合わせてにこりと、先刻の情報屋とまるで同じような貼り付けた笑みを浮かべる。

「さて、あなたのような可憐な少女がワタシに会いに来たということは、商売のお話でしょう?情報――お売りしましょう」

全てを見透かしたような能面の笑顔に、ディーナはわずかに寒気のようなものを感じる。情報屋、というのはみなこういう人たちなのだろうか。自らの動揺を相手に悟られないように、強気の表情をつくりながらディーナは本題を切り出した。



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