月を冠する国1
眩しさに、目がくらむ。乾いた空気が肌に触れ、太陽の日差しがじりじりと焼きつける感覚。急激な明暗の差に網膜が適応して、ディーナの瞳には国境を隔てた新たな世界が次第に映しだされる。まず、地下道の出口は大きな屋敷の裏に通じていた。ザルカンタでの厳重な警戒態勢とは大違いで、行こうと思えば容易に地下へと降りることが可能であるようだった。その割には向こう側ヘ来る人が少なかったことが疑問に浮かんで、しかしすぐにその疑問は解かれた。地下道の惨状だ。おそらく、うっかり迷い込んだ人々や国境を越えようと足を踏み入れた者たちは、そのほとんどが通路内の『裏』側の人間に始末されてしまうのだろう。リイラの能力によって姿を隠していなければ、あるいは自分たちも……。ぞっと背筋が凍る感覚。生きてここにたどり着けて本当に良かった。ほっと安堵する。
「マサさん、大丈夫?」
隣を見ると、顔面蒼白のマサ。声をかけずにはいられない程の弱りようだ。
すると、マサは先程と同様の軽薄そうな笑顔で「だいじょぶっすよー」とだけ。顔中に冷や汗が滲んでいて真っ白な顔で言われも、まったく大丈夫そうには見えない。事実、大丈夫ではないだろう。立っているのもやっとな様子だ。ここまで歩ききったことを称えるべきなのかもしれない。
「なんとかベルザークにたどり着けましたね」
術を解いたリイラが胸をなでおろす。その表情は笑顔だが、疲労の色が滲んでいる。
「リイラも大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫です……と言いたいところですけど、少しだけ。術を使い続けるのも根気が要りますね」
「少し休もうか」
「そうですね。それがいいかもしれません」
休む、そう言って休むはずがないのがディルだ。彼を窺うと、いつも通りの何事もないような表情で、町の様子を見つめている。
「ディルは大丈夫そうだね」
「ああ。だけど、あんたらはそうでもなさそうだな」
「ちょっとね、あの空間は気疲れするよ。普通」
「そうか?」
「そうだよ」
彼は、何も感じなかったのか。そうなのだとしたら、少しだけ畏怖の念を抱く。たまに感じる、差異。彼と私たちは何かが違う。その何かをはっきりと認識はできないが、ディルがとても遠い存在に、まったく別の存在のように感じることがある。それが少し寂しくて、怖いのだ。
「ともかく、少しだけ休憩。いいよね」
「……仕方ない、か」
少々不満はある様子だが、皆が疲れ切っているのは目に見えている。ディルがうなずくのを見て、ディーナは一安心するのだった。
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